三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 沙耶はカルボナーラとラザニアのコンビプレートを、彼はきのことホウレンソウのボロネーゼのランチセットを頼んだ。
「無事に会えてよかった」
 彼は微笑む。
「私も。よく私ってわかったね」
「わかるよ。……沙耶のことはすぐわかる」

 そんな言い方って。
 沙耶の胸がまた落ち着きなく鼓動を早くする。赤くなっていませんように、と祈りながら水を飲んだ。

「正直言うと、久しぶりに会えるって、すごく緊張してたんだ。今もどきどきしてる」
 水を一口飲んで、彼はそう明かした。
「わ、私も」
 そう、だからこれは恋じゃなくて緊張だから。沙耶は自分に言い聞かせる。

「断られると思ったよ。不義理をしたのは俺だったから」
 尚仁は彼女をまっすぐに見た。いきなりその話題に入って、沙耶はまたどきっとした。

「今まで連絡できなくてごめん。引っ越しのときに荷物が一つなくなってしまって。その中に君の手紙が入っていたみたいで、連絡先がわからなくなった。小学校の担任に教えてもらおうとしても「個人情報が」って断られて。あの先生、変に真面目だったから」
「そうだったんだ」
 忘れてしまったとか嫌いになったとかそういうことではなかった。それだけで心は晴れた。

「俺、あの学校には友達らしい友達はいなかったから、どうしようもなくて。君だけだったから」
 君だけ、というフレーズが妙に耳に響いてしまった。きっと変な意味はないのに。
「同窓会の連絡は先生がまわしてくれて。この機会を逃したらもう会えないと思って、時間作って行ったんだ。だけど肝心の君が来てなくて」
 尚仁は苦笑した。

「ごめん、私ちょっと……。同窓会、どうだった?」
「みんな、相変わらずだったよ」
 彼はまた苦笑した。
 相変わらず、という表現で抑えているところに優しさを感じた。
 雪絵が教えてくれていなければ、ごまかされていたかもしれない。みんな元気だったよ、というニュアンスにとらえてしまって。

 食事が運ばれて来た。
 同窓会の話はそこで切れた。
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