三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 やがてそれは大っぴらに彼に向かう攻撃となった。
 悪口や無視、教科書への落書き。
 沙耶はイライラとそれをみていた。
 尚仁は言い返したりやり返したりしていたが、いじめはやむことがなかった。

 沙耶が口を出そうとすると、雪絵が止めた。
「やめなよ、まきこまれるよ。ちゃんと本人がやり返してるし、放っておいたほうがいいよ。沙耶までやられるよ」
 雪絵はあくまで沙耶を心配して言ってくれているのだ。
 それはわかったが、じれったかった。

 ある日の掃除の時間のことだった。
 沙耶も雪絵も尚仁も掃除当番だった。
 沙耶が教室をホウキで掃いていると、ちゃんばらごっこをしている男子がうしろからぶつかってきた。
 突然のことで沙耶はバランスを崩してバケツにつまずき、黒くなった水をかぶりながら転んだ。

「うわ、きったねー!」
 普段から直仁をいじめている男子が叫ぶ。
「お前らのせいだろ!」
 尚仁は彼らに怒鳴り返した。

「うわ、汚いやつが汚いやつをかばった!」
 男子はげらげらと笑う。

「立てよ」
 尚仁は沙耶に手を差し伸べた。
 手がたくましく見えて、沙耶はどきっとした。
 その手をつかみ、立ち上がる。

「沙耶、大丈夫?」
 騒ぎに気付いた雪絵が駆け寄って来た。

「水道で顔を洗って保健室行って来いよ。こっちはかたづけとくから」
 もう彼は沙耶に背を向けていたから、表情はわからなかった。ただ動揺している自分と違って的確に対処していく彼を、沙耶は頼もしく見つめた。

 雪絵は驚いたように彼を見たあと、沙耶を促して保健室に向かった。
「あいつっていいやつなんだね」
 雪絵は興奮気味にそう言った。

「お礼、言いそびれた」
「あとでいいじゃん」
 雪絵はそう言ったが、沙耶は気になって仕方がなかった。

 その日、尚仁が初めて相手を泣かすまでやり返したと聞いて、沙耶はただただ驚いた。
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