三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 


 沙耶は尚仁にお礼を言おうとしたが、そのタイミングはなかなかなかった。
 授業が終わると彼はさっと帰ってしまうし、周りに人がいる状態では話し掛けづらくて、タイミングをうかがう沙耶は、数日、彼を観察するだけになってしまった。

 今日もお礼を言えなかった。
 放課後、落ち込みながら図書室に行ったときだった。
 いつもは人が少ないのに、そのときは数人がいた。クラスの男子だった。

「お前生意気なんだよ!」
「愛人の子供のくせに!」
 数人がかりで尚仁に殴ったり蹴ったりしていた。尚仁は抵抗しているが、数人がかりだから防ぎきれない。

「なにしてるの!」
 沙耶が叫ぶと、男子生徒は振り返って意地悪く笑った。

「こいつをこらしめてるだけだ」
「先生に言いつけるなよ」
 こんな騒ぎなのに、どうして図書の先生は来ないんだろう。
 沙耶はおろおろとうろたえた。

 彼女は知らなかったが、タイミング悪く図書の先生は職員室に行っていた。
 自分が尚仁に加勢したところで、負けるに決まっている。
 どうしたらいいのか。
 沙耶はハッと廊下を見た。

「先生、こっちです!」
 誰もいない廊下に向かって叫ぶ。

 男子生徒たちの間に緊張が走った。
 顔を見合わせたあと、そのままうしろのドアから走って逃げていく。

 尚仁は半ば呆然と座りこみ、沙耶を見た。
 沙耶は胸に手を当てて息をついた。とりあえずはなんとかなったようだ。

「大丈夫?」
 声をかけて手を差し伸べると、尚仁は1人で立ち上がってキッと彼女をにらみつけた。
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