三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
「余計なことを!」
 思いがけず怒鳴られ、目を丸くして尚仁を見た。その顔には怒りが浮かんでいる。
「先生なんか呼ばなくてもなんとかできた!」

 なんで怒ってるの?
 沙耶はショックでなにも言えなかった。
 予想外過ぎてどうにも耐えられなくて、ぽろぽろと涙をこぼした。

「泣くなよ」
 尚仁は困ったように立ち尽くす。女子ってこれくらいで泣くのか、と小さな呟きが沙耶の耳に届いた。

「悪かったよ」
 尚仁に謝られ、沙耶はひっくひっくとしゃくりあげながら彼を見た。

 しばらくそうしていると、彼は怪訝な顔で扉を見た。いつまでたっても誰も現れない。
「嘘ついた?」
 尚仁が聞くと、沙耶はうなずいた。

「助かった」
 ほっと息をつく尚仁に涙でぬれた目を向けた。

「どうして?」
「先生に知られたら親に連絡がいくだろ?」
「親に言ったほうが、良くない?」
「良くない」
 彼は断言した。
「心配かけたくないんだ。この前のケンカで親を呼ばれたばっかりだし」
 そう言う彼は、沙耶にはひどく大人びて見えた。同じくらいの背丈なのに、急に彼の背が高くなったようだった。強い意志の宿る目は、きりっとしていた。

「この前はありがとう」
 どぎまぎしながら沙耶が言うと、尚仁はきょとんとした。
「なんかあったっけ」
「男子がぶつかってきて、バケツの水が……」
「ああ、あったな」
 照れ臭そうに彼は笑った。沙耶はまたその笑顔に見とれた。さっきは大人っぽかったのに、今度は等身大の彼に見えて、すごく近く感じた。

 それ以来、2人は仲良くなった。
 いじめっこたちはそれが面白かったようで、沙耶までもいじめようとした。
 だが、すぐに尚仁が割って入り、助けてくれた。
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