三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 だけど彼女も中学という新しい環境になじむために一生懸命になるうちにそれも薄れていってしまった。
 彼もまた、同じような感じだったのだろう。

 知らせがないのは良い知らせ。
 元気でやっているから連絡が来ないんだ。

 そう思って、忘れることにした。
 実際にはずっと心の片隅に忘れられずにいたのだけれども。



 約束の土曜日は快晴だった。
 駅に着いた沙耶はコンコースの時計台の前に立って彼を待った。胸はずっとどきどきしている。いつ連絡が来てもいいように、スマホをずっと手に持っていた。

 ついつい、通り過ぎる女性の服装が気になってしまう。
 みんなかわいい。
 それに比べて自分は、と服を確認する。
 手持ちの中で一番オシャレに見えるようにがんばったつもりだった。
 なんてことはない白いニットにコーデュロイのスカート。特売で買ったシンプルなベージュのコート。
 肩を越えるくらいの髪は毛先を内側に巻いてきた。これだけでも少しはかわいく見えるだろうか。

 仕事ではいつも白シャツにデニムパンツ、その上にエプロン。冬はそれにスタッフジャンパーを羽織る。オシャレな服は少ないし、そもそもオシャレがわからなくなっていた。

 告白されたりして。
 雪絵がそんなことを言うから、意識してしまう。
 ただ古い友人に会うだけだから。
 自分に冷静になるように言い聞かせる。
 が、胸はどうしても高鳴ってしまう。

 約束の時間まであと5分。
 そわそわとスマホを確認する沙耶の前に、人影が落ちた。

「お待たせ」
 顔を上げると、そこには男性の姿があった。
「尚くん……?」
「久しぶり、沙耶」
 穏やかな笑顔だった。
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