三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
 黒い大人っぽいコートを着ていた。背が高く、肩幅が広くて男らしい。黒髪は右側で分け目が作られ、毛先は少しウェーブが掛かって流されていた。穏やかに笑みが浮かび、沙耶を見ている。

「見違えた。すごいきれいになってる」
 続いた彼の言葉に、沙耶はかーっと顔が熱くなる。

「尚くんも、かっこいいよ」
「ありがとう」
 返ってくる声が笑い含みで、沙耶はもじもじとはずかしく俯いた。だから沙耶には見えなかった。さらに彼が笑顔になっていたのが。



 彼が選んだという店は駅から5分ほど歩いたところにあった。
 隣に並んで歩きながら、天気が良くてよかったーとか、けっこう大きな駅だね、などとたわいもない話をした。

 自然な動作で手を繋がれ、沙耶は驚いて彼を見た。
「どうかした?」
「なんでもない」
 尚仁は平然としていた。沙耶は顔を赤くしてうつむく。

 彼は自分を子供のころと同じまま、友達だと思ってくれているんだ。だから手を繋いでも平気なんだ。
 自分に必死に言い聞かせる。実際のところ、小学生だったときでもろくに手をつないだことなんてない。もしかしたら、なんてことが頭のちらつくが、余計に赤くなりそうで、必死に考えないようにした。大きな手の温かさが沙耶の手に伝わる。それはそのまま彼女の胸を熱くする。

 着いたのはおしゃれなイタリアンのカフェレストランだった。
「ネットで口コミがよかったところを選んだんだけど、良かったかな」
「大丈夫。近いのに来たことない店だわ」
 1人ではなかなか外食はしないし、前の仕事仲間とは時間が合わなくてなかなか一緒に食事に行ったりもしなかった。
 外観だけではなく内装もおしゃれだった。窓際の席に案内された。外は明るく、車道をせわしなく車が行き交う。

 対面にわかれて座り、沙耶はなんだかほっとした気持ちになった。あのまま手を繋いでいたら、どきどきしすぎて自分がどうなっていたかわからない。
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