天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
プロローグ
「お客様! お忘れ物が……!」
あの日、勤務先のバンクーバーに戻るため搭乗口を目指して俺のもとにひとりの女性が駆け寄ってきた。
綺麗にまとめられた艶のある黒髪。紺のスーツを纏い、首には淡い水色のスカーフを巻いている。
さっきまで利用していたラウンジのスタッフだろう。俺よりずいぶん若そうで、大きな丸い瞳が可憐な印象だ。
彼女は俺のそばで立ち止まると、「こちらです」と手にしていた名刺サイズのメモを差し出してきた。
ハッとした俺は、マウンテンパーカーのポケットに思わず手を当てた。ラウンジのテーブルにうっかり忘れていたらしい。
「わざわざありがとうございます。よく捨てませんでしたね。見るからに汚いメモなのに」
しわくちゃでところどころ染みもあるそれは、正直、俺以外の人間にとってはゴミでしかないと思う。
にもかかわらず、必死で俺を追いかけてまで渡してくれた彼女の行動に、少し驚いたのだ。
「私の勘違いでしたら申し訳ないのですが、お客様の大切なものだろうと思ったんです。とても素敵な言葉が並んでいるので」