天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
「こんばんは。ご搭乗ありがとうございます」
考え事をしながら俯き気味に歩いていると、聞き覚えのある朗らかなCAの声が耳に入ってくる。
扉のすぐそばで美しい笑みをたたえていたのは、一度私の実家で会ったことのあるベテランCAの杏里さんだった。
目が合った彼女は一瞬真顔になり、すれ違いざまにそっと私に歩み寄った。
「紗弓ちゃん、どうしてこの便に? もしかして噂が心配で……?」
「噂? なんのですか?」
聞き返すと、杏里さんがパッと口元を手で覆う。首をかしげていると、杏里さんはすぐにプロの微笑みに戻った。
「ごめんなさい、私の勘違いだったみたい。旦那様の華麗な操縦で素敵な空の旅をね」
「は、はい……」
杏里さんはポンと私の肩を叩いて、仕事に戻る。
なんだったんだろう。はぐらかされてしまったけれど気になる……。
とはいえ忙しく仕事をする杏里さんを呼び止めるわけにもいかず、悶々としながらも自分の席に着く。
大きな主翼がよく見える、機体右手の窓際の席だった。