天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
ノアさんが退職願を出した時、会社はちょっとパニックになったらしい。貴重な女性副操縦士である彼女は、広告塔としての役割も期待されていたそうだから。
その場を収めてくれたのが父で、『女性だからと特別扱いすることがそもそも間違っている。パイロットは客寄せの道具ではなく、あくまで安全運航を提供する操縦士だ』と言って、周囲を黙らせた。
ノアさんのことで父にまで迷惑をかけてしまったと、嵐さんは少し罪悪感を覚えているのだ。
「彼女が自分で決めたことだ。きみが気に病む必要はない。それより――」
父が、咳払いをする。緊張の面持ちだけれど、どうしたんだろう。
「私は今年の九月を最後に、乗務から離れようと思っている」
「えっ?」
私と嵐さんは同時に声を上げ、顔を見合わせる。
パイロットの定年は六十五歳だが、父はまだ五十九歳。誕生日を迎えたら還暦だが、定年までは現場で頑張るとばかり思っていた。