天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
なにげなく胸の名札に目をやると、『香椎』と書いてあった。次にいつ帰国するかはわからないが、またここのラウンジを利用する時は、彼女に接客してもらいたいと思う。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
綺麗なお辞儀で俺を見送る彼女のもとを離れ、胸のポケットにメモをしまう。
ささいなやり取りだったが、胸に一輪の花が咲いたようなくすぐったさを覚える。
異性に必要以上の好意を抱かないようにしている俺にしては、珍しいことだった。
しかし、その気持ちにはすぐに蓋をして、彼女の笑顔を頭の中から追い出す。
パイロットである以上、仕事には相応の危険を伴う。そのせいで大切な誰かを心配させたり悲しませたりするくらいなら、最初からそんな〝誰か〟なんていない方がいいのだ。
自分にそう言い聞かせると、幾分早足になって搭乗ゲートへと足を進める。
心にほころんだ花の名もその色も香りも、きちんと確かめないまま――。