天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
昇さんは一瞬イラついたような顔を見せたが、スッと手を離す。私は解放された手を胸に抱き、声の主を見た。
数メートル先から訝し気にこちらを見ているのは、制服姿のパイロットだ。
……つい昨日、会ったばかりの。
「なんで露木がここに……?」
紺色の制服に紺のネクタイ、袖には機長の証である金色の四本ライン。私服姿の時よりも精悍さが増したように感じる露木さんが、厳しい表情でこちらに歩み寄ってくる。
「紗弓さん、大丈夫ですか?」
「は、はい」
露木さんはまず私を案じる言葉をかけ、それから昇さんにまっすぐ向き合う。
彼の方が十センチほど背が高いので、昇さんは気圧されたように一歩後ろに下がった。
「青桐、なにをしにここへ?」
「なにって……ラウンジを使いたいに決まってるだろ」
確か、ふたりは同い年の三十二歳。露木さんは中途入社なので、会社の勤続年数でいえば昇さんが先輩。
しかし露木さんは機長、昇さんは副操縦士だったので、立場的には露木さんの方が上だ。
そういった上下関係のねじれも、昇さんのプライドを傷つける一因だったのかもしれない。