天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
結婚する気のないパイロット
手のひらに広げたヘアオイルを、ゆっくり毛先になじませていく。
それから温めたヘアアイロンで、鎖骨の下まである髪をまっすぐに伸ばす。最後に毛先だけくるんと内巻きに仕上げたら完成だ。
微かに首を振ると、髪につけたオイルがふわりと香り立つ。その優しいスズランの香りを嗅ぐだけで、いつもなら心が浮き立つのはずなのに。
「はぁ……」
今日はお気に入りの香りを纏ったくらいでは、どうにもならないほど憂鬱だ。
自宅マンションの洗面所で、朝から何度目かわからないため息をつく。
香椎紗弓、二十七歳。羽田空港の第三ターミナルでラウンジスタッフとして働いているが、今日は休日だ。
これからある男性に会うことになっているのだが、どうにも気が進まない。
とはいえ逃げるわけにもいかないし、身支度も済んでしまった。出かける前に、リビングにいる父にひと声かけなければ。
「お父さん、行ってくるね」
リビングのドアを開けて声をかけると、休日なのにきっちりと固めたグレイヘアの父がこちらを振り向く。
一重の鋭い眼差しでジッと見られると、心臓が縮こまった。