天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす
戸惑いながらも言われた通りにすると、露木さんがハンカチの端でそっと目尻の涙を吸い取ってくれた。
急な接近に動揺したのも束の間で、彼の手はすぐに離れていく。ハンカチに纏わせてあるのか、ほろ苦いシトラス系の香りだけがほんのり後に残った。
「……もう、大丈夫か?」
気づかわし気に顔を覗かれ、こくこく頷く。元々、自分でも気づかなかったほどわずかな涙を浮かべていただけなのだ。
その理由も、明確なものがあるわけではない。
「すみません、急に泣いたりして」
「精神的に疲れたんだろう。やっぱり、ひとりで帰らせなくてよかった」
「露木さん……ありがとうございます」
今は私も、隣に彼がいてくれてよかったと思う。たとえ昇さんが現れなくても、ひとりで帰路についていたら色々考えすぎて、どんどん後ろ向きになっていただろうから。
「きみは笑っている方がいい。ラウンジの利用客もみんな、そう思っているはずだ」
お世辞が上手なだけかもしれない。それでも、昇さんのことでギスギスしていた心がやわらかな毛布にくるまれたように、心地よく温まっていく。