天才パイロットは契約妻を溺愛包囲して甘く満たす

 ただ、嵐さんが前より心の内を見せてくれるようになったかというと、そこはあまり進展がないというのが正直な感想だ。

 甘い言動は多いものの、根拠がいまだはっきり見えない。

 多少なりとも私に好意を感じてくれているのはわかるけれど、それ以上は謎のまま。初対面についても結局まだ教えてもらっていない。

 近くにいるのに、嵐さんが遠く感じる……。

 混雑した地下鉄で吊革につかまりながら、思わず切なくなる。正面のガラスに映った自分も覇気のない顔をしている。

 覇気がないというか、唇のメイクがやけにぼんやりして……あっ。

 家を出る時は甘い気分でふわふわしていたから、メイク直しのことがすっかり頭から抜け落ちていた。

 今すぐリップを塗り直したいが、電車の中ではそれも無理だ。

 もう、嵐さんがあんなにたくさんキスするから……。

 心の中で彼を責めつつも、甘いひとときを思い出して少し元気が出る。

 キスしたいと思ってくれているだけ、まだ望みがあると思ってもいいよね?

 結婚生活は始まったばかりなんだから、気長にやるしかない。

 自分を叱咤して、職場に向かった。

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