かつて女の子だった人たちへ
「メリーさんの羊ってことで、羊毛ふかふかのイメージ。どうかな」

全然意味がわからない。だけど、レイキと自分だけにわかる合図としてならちょうどいいだろう。何より、レイキが一生懸命考えてくれたことが芽里は嬉しかった。

「レイキが羊なの?」
「うん。メリーさんの羊だよ。次のライブでやるから、気づいてね。目ェ離しちゃ駄目だよ」
「そんなことして本当に大丈夫かな」

お時間ですとスタッフにはがされながら尋ねると、レイキは大丈夫大丈夫と笑っていた。

「困ったレイキ」

芽里は幸せを噛み締めながらつぶやく。レイキに姉のように慕われているのは感じているが、アイドルが誰かひとりを特別扱いするのはいけないことだ。ただでさえこれからどんどんファンを増やしていかなければいけないレイキ。

(メンコンからの付き合いだからって、私にばかり甘えちゃ駄目だよ)

そう思いつつ、芽里の心にあるのは喜びだった。大好きな推しに特別扱いされる嬉しさ。満たされる。

「駄目駄目」

芽里はライブハウスを後にしながらつぶやく。
レイキは推しだ。
レイキに特別扱いされているからといって、この感情をエスカレートさせてはいけない。

「ガチ恋なんかしない」

恋になってしまえば、レイキが他の女子に笑いかけるのもチェキを撮るのも嫌になってしまうだろう。

(それだけじゃない。きっと好意を上げた分だけ見返りがほしくなっちゃう)

それに万が一、本当に万が一だが、レイキが芽里に振り向いてくれたとしたら。恋人同士になってしまったらどうだろう。
きっと、日常の中でレイキの嫌なところだって見えてしまうのだ。芽里自身もそうだ。

(恋愛は疲れるもん)

それはもう過去の少ない恋愛経験で充分わかっている。
推しへのピュアな気持ちを、欲まみれの恋愛感情に変化させるのはやめよう。そんなつもりでレイキを推していないのだ。


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