かつて女の子だった人たちへ
しんと冷たくなってきた夜の風、住宅地の街灯。芽里は頬を赤くして家路を急ぐ。

「仕事を辞めよう」

息がはずむ。

「レイキもアイドルなんか辞めたらいいんだ」

女絡みの売り上げでやっとグループメンバーにしてもらえたレイキ。どおりで歌もダンスもいつまで経っても下手なはずだ。才能もなければ努力もできないなら、アイドルにしがみついていても仕方ないじゃないか。

「ふたりで遠い街に引っ越そう。そこで全部最初からやり直すの」

芽里は歌うように言った。

「そうすれば全部うまくいく」


アパートの階段を駆け上がり、玄関のドアを開けた。
すると、玄関にはレイキの靴がある。放り投げてあるといった感じだ。
今日はバイトに行くと言っていなかっただろうか。レイキの浮気や今後については、明日以降に話そうと思っていた。今夜話す心づもりではなかったから一瞬とまどったが、どうせ遅いか早いかの差だ。

「レイキ? 帰ってるの?」

芽里は中に声をかけた。
数歩分のキッチン兼廊下を通り、一間しかない居室に入ると、レイキは目をギラギラさせながらスマホを見つめ、必死に画面をタップしていた。誰かにメッセージを送っているようだ。
それから芽里を見上げ、血相を変えて足にすがりついてくる。

「メリー! 助けて! お願い!」

尋常の様子ではない。何があったというのだろう。
芽里は困惑の表情でレイキを見下ろした。

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