かつて女の子だった人たちへ
黒いつやつやの靴を履き、一歩外に出た。外は夕暮れだった。駅までの経路で大きな国道を渡る。ビルとビルの間に夕日が沈んでいくのが、道路の真ん中から見えた。

「綺麗……」

芽里は呟いた。大きくて赤い、燃えるような夕日だった。周囲の雲は桃色や橙色に染まり、頭上の空はうっすら宵闇が迫っている。
横断歩道を渡り切ったところで立ち止まり、芽里は動けなくなっていた。

(私が欲しかったのってなんだろう)

推しを推す。それが地味で平穏な生活の幸せだったはずだ。
推しの元に通い、彼の笑顔が芽里の癒しと活力になった。

(私が欲しかったの、恋人じゃなかったよね)

恋になったら、生身の人間だと実感するばかりだ。最愛の推しですら結局そうだった。
むしろ、推しの外側ばかりに騙され、本質的にどうしようもないところを見落とし続けた。

(知らない男に身体売って。稼いだお金、全部貢いで。生活の面倒見て。こんなの推し活じゃない)

初恋のアニメのキャラクター。彼は画面から出てこないから最高だったのだ。それを充分わかっていたのに……。

(欲しくなってしまったんだ。現実で愛せる都合のいいキャラクターが)

気づけば、芽里の両目からは止め処なく涙があふれていた。
アイメイクもファンデーションもめちゃくちゃになっている気がした。そんなこともうどうでもいい。

間違えていた。もうずいぶん前から。
それだけが痛いほどわかった。

芽里はつま先を駅方向からそらした。
そうして歩き出す。涙はいつまでも止まらなかったが、芽里はもう立ち尽くしてはいられなかった。



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