かつて女の子だった人たちへ
「まだ終わらないんですよ~。どうぞ、お先に帰ってください」
「レミちゃん、仕事できるからすぐじゃん。待ってるよ」

そこまで言うなら代わりにやれよ、と腹の中で思いながら令美は作り笑いを続ける。
目の前の男は何度となく令美を誘っているが、令美はいつもそれとなく断り続けていた。今日はなかなか引き下がらない。

「木本さん女子社員に人気あるから、食事に行ったら、私もっと恨まれて孤立しちゃいますよ~」

軽口で言ったつもりだった。すると、木本が真面目な顔になり、令美の手を取った。

「え、やっぱいじめられてんの?」

令美は容赦なくその手を振り払った。単純に気持ちが悪かった。

「あ、ごめ……急に触っちゃって」

木本は善意しかなかったようで、突然触れたことを謝罪してきた。しかし、令美の怒りは収まらなかった。

「調子に乗らないでくれない?」

ドスの利いた声はオフィスでは出したことのない声。

「私、彼氏いるんで。そういうの全部、迷惑です。言わないとわかんない?」

木本が面食らったように令美を見下ろしている。社内では上手に猫を被り、男性社員を手のひらで転がしてきた令美。彼からしたらその豹変は別人のように見えただろう。

令美は立ち上がり、木本を残してオフィスを出た。無人のトイレでふうと息をつく。
もういいか。
男性社員に媚びを売る必要も、もうないのだ。令美には将来有望な夫候補がいる。社内で立場が悪くなれば、もっと気楽で業務の少ない仕事に転職すればいい。敬士の稼ぎがあれば、充分暮らしていけるのだから。

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