かつて女の子だった人たちへ
敬士がレミを取り押さえようと肩を掴む。令美は腕をぶんぶん振って抗った。すると、敬士の手がはずれ令美の身体は体勢をくずした。呆気なく路上に転倒する。
衝撃と痛み。肘をつき身体を起こしながら、左側の額から目のあたりが熱いと思った。倒れる弾みに路上に積んであった近くの居酒屋のビールケースに顔をぶつけたのだと気づいた。ぞっとして顔に触れ、左手にぬるりと血がついているのがわかった。左目は熱く腫れぼったい感じがして、よく開かない。

「よくも……」

令美は怒りと狼狽に身体を震わせながら立ち上がった。敬士に対する強い憎しみと同等に、鏡を見て傷を確認したいと思っていた。令美にとっては命ほど大事な顔に傷をつけられたのだ。

「おまえが勝手に転んだんだろ」

敬士は強気だったが、令美の様相に明らかに挙動不審になっている。ヤバい、まずい、逃げなければ。そんな気配が後ずさる姿から伝わってくる。
みぃというあの女はすでにいない。

「土下座して謝罪して、私の顔の治療費をすっかり出して。それなら、ぎりぎり許してあげる」
「おまえこそ何様だよ。もういいわ。略奪が趣味の美人って仁藤さんから聞いて、興味あるから付き合ってみたけど、こんな重たい女だったとは。あー、懲りた懲りた」
「は? なんで弓が出てくるの?」
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