かつて女の子だった人たちへ
「弓……!」

翌日土曜、令美は弓の実家にやってきていた。弓は実家暮らしで、令美は大学時代に実家を出ている。この街に帰ってくるのもかなり久しぶりだ。
子どもの頃遊んだ近くの公園に呼び出すと、弓はあっさり姿を見せた。

「令美、まあどうしたの? その傷」

歩み寄ってきた弓が眉を顰め、心の底から心配そうに令美のガーゼに手を伸ばした。
令美はその手を振り払う。

「弓……あんた、結婚って」
「うん、そうなんだ。会社は昨日で寿退社、来週には引っ越し。お式は彼の赴任先のオーストラリアで、身内だけでするの。……今日は、もう少ししたら彼がうちに来るから、話は手短にしてくれるかな?」

弓はあくまで笑顔だ。冷淡な様子はないし、いつもと寸分変わらない。

「あんた、敬士が好きだったんじゃないの?」
「ああ、令美はやっぱり勘違いしていたのね。私、一度だって松田くんが好きとは言っていないのよ」

令美は思い返して唇を噛み締めた。言われてみれば確かにそうかもしれない。弓は好意をにじませただけだ。しかし、それはあまりに作為的だった。

「私に奪わせる魂胆で、あんな男と会わせたの? 女癖が悪くて、金にだらしなくて、最悪のモラハラ男……!」
「松田くんと喧嘩でもした? 令美、私は同期を紹介しただけで、あなたと彼が交際したのはあなたたちの問題だと思うわ」
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