かつて女の子だった人たちへ
第6話
『可愛くなくちゃ、女はおしまいなのよ』
そう言った母は、常日頃から父にののしられていた。『ブス』『歯を見せて笑うな』『だらしない体型を隠せ』『おまえにはなんの価値もない』
母は令美の目から見ても、整った容姿はしていなかった。鼻が丸くて、前歯の歯並びが悪い。手足が短く、指の形が不格好だった。
母は気が弱い人ではなかった。腹の底に恨みをためて、じっと黙っている人だった。
しかし長年父親のモラハラを受け続け、心が歪み、知らず影響を受けた思考になっていったのだろう。自分を罵る夫を恨みながら、自分の娘は誰よりも美しく愛らしくあるべきだと考えるようになっていた。
派閥闘争に負けた父親は学費こそ出してくれたが、生活費は切り詰めなければならない。かといって、母がパートに出るのは体面が悪いと考えていた。母は少ない生活費をやりくりして、令美に流行りの服や小物を買った。大人と同じ美容院に月に一度は連れていった。自分は髪も染めず白髪混じりになっても、令美の髪だけはつやつやと美しく保った。
『弓ちゃんと並ぶと、令美が映えていいわぁ』
その露悪的な発言が、令美に差別の心を育てていると気づいていたのだろう。それでも、母は度々口にした。
『あなたは弓ちゃんとは違うんだから。ほら、くらべものにならないくらい可愛い』
そうなのだ、私は可愛い。
弓は不細工で可哀想なのだ。周りに友人が多くても、似た顔の両親に可愛がられていても、結局私より劣っているから可哀想。
父親も言う。『令美は俺に似て顔がいい』『女は顔がよくなければ価値がない』
私は価値があるのだ。
令美はそうやって生きてきたのだ。二十六年もの間、親元から離れてもなお。
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