かつて女の子だった人たちへ
『言ってなかったけど、お父さんとはもう五年くらい別居してるの。私、あの人、嫌いでね』

母はあっさりと言う。令美が最後に母にあったのは大学卒業の時だが、そのときは実家にいた気がする。あの瞬間だけ、実家に戻っていたのかもしれない。

『意地が悪い人だと思っていたけど、今の言葉で言うとお父さんはモラハラっていうタイプなのよね。とても、一緒には暮らせないし、同じお墓にも入りたくないわ』

母の静かだが冷たい声に、令美は黙り込んだ。実家には関わりたくないと思っていた。それは、従属的な両親の関係を見ていたくなかったのが大きい。
しかし母は母で、自分なりに行動に移していたようだ。

「私も……、お父さんのこと、嫌いだった」

令美はぼそりと口にした。言葉にしてみたのは初めてだったが、胸がすうっとした。罪悪感もない。なんとも整理しやすい感情だった。

可愛いと褒めてくれる父だったが、嫌いだった。
母を貶め、家族を支配する父が嫌いだった。

『そう。……令美、引っ越しなら物入りじゃないの? 荷物預かるだけでいいの?』

母に尋ねられ、令美は答えた。

「大丈夫。ありがとう」

電話を切る。母から借金をするのはやめよう。母はおそらく祖父母の遺産で暮らしている。働いてもいるかもしれないが、それらはすべて母の老後に使うべきだと令美は思った。
初めて母と言葉が通じた気がした。
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