かつて女の子だった人たちへ
自分で蒔いた種は想像以上に令美の負担になった。
新しいアパートは隣県の街にした。以前の住まいより遠くないが、駅から徒歩二十分かかる立地のアパートだ。古い木造だが、敷金と礼金の安さと家賃が決めてだった。安価な自転車を買って、それを駅までの移動手段にした。
顔の傷は完治までにひと月ほどかかり、うっすらと白い傷が額に残った。毎日メイクで隠している。

しかし、傷を負った一件から、令美には不名誉な噂がたてられた。
既婚者と不倫して相手の妻から殴られただの、パパ活をして揉めただの、そういった事実無根な噂だ。ひどいものだと、実は風俗に勤めていて客に暴力を振るわれたなんてものもあった。
それらの噂はまことしやかに流れ、令美に直接ぶつけられるものではない。周囲から波が引くように人がいなくなるだけなので、令美に弁解の余地はなかった。もとより女子社員に味方はいないし、男性社員たちもすっかり令美を見限っていた。
令美自身も、そんな連中とこれ以上関わるつもりはなかった。馬鹿ばかりだ。相手にしなくていいのは清々する。
ひとりだって仕事はできる。

しかしある日、令美は部長の小玉からミーティングルームに呼び出された。

「配置替え? ……私がですか?」
「久原くんには、管理課に移動してもらう予定だ」

小玉からの内々示である。
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