かつて女の子だった人たちへ
「何が小さな世界よ。食べたら終わりじゃない」
「心には残りますよ。それに何に時間をかけ、何に価値を見出すかは自分で決めていいと思います」

こくんと令美は喉を鳴らしていた。価値を決める。令美は自分で自分の価値を決めていたはずである。
彼女はなおも言った。

「自分の価値観を人に押し付けるのは、乱暴なことかもしれません。押し付ける方も、押し付けられた方も、きっと苦しいです」

言葉が出なかった。
女は可愛いのが正しい。綺麗でなければ生きる意味がない。
美しくなるために努力できない人間は劣っている。美醜に拘泥し、他者を見下して生きてきた。

これは誰の価値観だろう。……父の価値観であり、父に寄って歪められた母の価値観だ。
両親に押し付けられた価値観を、令美もまた他人に押し付けていたのだ。

母の令美への行為は苦しみを昇華させる手段だっただろう。しかし、令美はそれが正義だと思い込んだ。そして弓を傷つけ続けた。嫉妬と羨望を隠すために、弓を貶め続けた。

（呪いだったんだ）

自分と母を縛る呪いが、自分たちを狂気に駆り立て、今を形作った。
母と話そうと令美は思った。自分たちのこれまでを話した方がいい。
母も自分も被害者であり、加害者だった。
< 72 / 165 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop