かつて女の子だった人たちへ
「お願い!」

この日、芽里は友人の唯の前で合掌し、頭を下げていた。場所は芽里の会社から近い神楽坂のパスタ店。今日は待ち合わせて夕食を取る予定だった。

「えぇ~、嫌だよぉ」

唯は顔をしかめ断ってくる。大学からの付き合いである友人は言いも悪いもはっきりと口にするので頼りになるが、今日はなんとか頷いてもらいたい。

「お願い。レイキのデビューライブに一緒に行ってほしいの」
「だから、嫌だって。メン地下のライブなんて行ったことないし」

唯はグラスに入ったジンジャーエールを勢いよく飲み干した。
メン地下とはメンズ地下アイドルの略称だ。レイキたちもメン地下にあたる。

「唯もアイドルのライブに行くじゃん。それより規模は小さいけど、きっと楽しいよ。推しも見つかるかも」

そうは言っているが芽里も(私も行ったことないけど)と心の中で呟いている。レイキがメン地下デビューしなければ、行く機会もなかったに違いない。

「推しは『タイダル』の亮くんだから間に合ってる」

唯の推しは大手アイドルグループ『タイダル』の人気メンバーだ。最近CMにも出ていて、まさに旬を迎えようとしている男の子。

「『タイダル』のライブ、ファンクラブに入っても全然当たんないって言ってたじゃん」
「あんた、人が気にしてることを……」

唯がじろりと睨んでくる。

「当たんないのが普通なの! 国民的アイドルグループなんだよ、『タイダル』は」
「そこをいくと『ミルkey』は良心的。チケットはたぶん高確率で取れるし、週何度もライブがあるらしいからすぐ会えちゃう」
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