遺言ノ花嫁

「こんな場所に無理矢理連れてこられて、会ったことも顔を見たこともない人の孫だってたった今知らされて、物分り良くなれるわけないでしょ」

「あぁ?」

「それにこれも、私読めません」


遺書と書かれたものを弁護士さんの方へ滑らせた

「読めませんと仰られても、法的に決められていることなのでそういう訳にはいきませんよ」

もう一度目の前にグッと押し返された分厚い折り畳まれた紙に
手を伸ばす勇気がなかった。

そもそも私の両親は交通事故で亡くなってる
私には身内が見つからず、
そのまま孤児として育ってきたのだから
30歳を過ぎて突然こんな話を
それもヤクザにされても
はい、そうですかと受け止めれるわけがない。

この場に直面してる今でさえ
何が何なのか、パニック状態のまま
私を取り残して進んで行く話についていけていないのに。


「ねぇ〜、小春ちゃんにちゃんと話してあげるべきじゃないの〜?本人の意思無しじゃ、これもどうしようもないんだしさぁ」

城田さんが遺書を指差しながら
めちゃくちゃ真っ当な事を言ってくれた気がする。
いやこの人まともな事言えたんだ…

「確かに城田の言う通りやな。この子にまず最初から色々と話してやる必要があるんちゃうか?」

「はぁ。めんどくせぇ。部屋に戻る。椎名、後でまた呼びに来い」

椎名さんは一体どの位置のどういう人なのか
私の分かるとこで言うと使用人とか?雑用係とか?
私を誘拐した怖い人だけど
城田さんにはパワハラ受けてたし…

「じゃ、椎名チャン後のことはよろしく〜。」
「俺も広間で飯でも食わせてもらっときますわ、ほな」

和室に取り残された
私と椎名さんと弁護士さんの謎の3人組

「私はこちらで待たせていただいても?」
「はい。お待ちくださいませ。」

椎名さんは弁護士さんにぺこっと頭を下げて
私を見ると、こちらに。と
また勝手に長い廊下を歩き始めた。

はぁ 着いていく他ないわけね。

帰りたい切実に。
だけどずっと自分の過去を何も知らずにきた。

そりゃ身内も居ないって話だったから
知りたくても知りようが無かったし
施設じゃ私みたいな子は珍しくなかったから
すごく気になっていたわけではないけど。

もし、私の人生で過去を知れるなら
この機会を逃せばもう無いと思った

長い廊下を左に曲がり、また廊下を進んで右に曲がり
もうこれは一人だと余裕で迷子になるレベルの家の広さで
歩く度に木がしなって築年数を感じさせる。


「どうぞ」

障子をあけて私を先に部屋に入れると
椎名さんも続いて、ゆっくりと障子を閉めた

木のテーブルと座椅子一つ置かれた
中庭が一望できる和室
窓が開けられていて足先が寒い

「十蔵さんのお部屋です」

椎名さんが窓をしめながら
手をこすり合わせた私を見てそう言った

「ここにあるのは、貴方の記録です」
「私の記録?」

テーブルの上に置かれていた2冊の本を
私にそっと手渡してくれた
分厚いA4サイズの表紙には「ALBUM」と書かれている

その場に座って、ゆっくりと本を開いた。
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