遺言ノ花嫁

その大好きな社長が今朝ボソッと呟いた
「何だか嫌な予感がするわね」 という言葉が
依頼内容を打ち込んでいる時
脳裏に浮かんで何とも言えない不安に襲われた。

私がここで働き始めて2年間の間で
人の捜索依頼なんて一度もない
当然、それは警察の仕事だからなんだけど

事務所にやってきた花垣さんは
最初からずっと酷く怯えた様子で
色々な事情があって警察には捜索願いを出せないから
ここしか頼めないと震えながら
佐川さんと話していた光景は少し異様だった。

捜索するのは佐川さんの仕事で
というか、探偵事務所と言っても
肝心な〝探偵〟が佐川さん一人しか居ないことが
うちの忙しさの90%を占めてると思うけど
私は事務仕事全般と佐川さんのお仕事の補佐。

て、いいように言っても
内容は佐川さんのパシリのようなもんなんだけど。

佐川 幸哉 《サガワ ユキヤ》
社長が家族と同じくらい信頼をおいてると言う
うちの唯一のイケおじ探偵。
本人曰くまだオジサンじゃないらしいけど
若い子から見ればバツ1の38歳は
恐らく立派なオジサン。

2年間一緒にここで働いているけど
佐川さんはプライベートをさらけ出さないし
元々警官だったってことくらいしか知らない。
あ、後バツ1子無し。
正直黙ってたらモテるタイプのイケおじ。

でもさすが探偵と言うだけあって
観察力、洞察力、推理力が天才的で
いつもダラダラしているおじさんの
たまに見せる鋭い眼光にはドキっとさせられる時が…あるような…ないような気もする。


「DV受けてる奴の挙動だったな」
花垣さんを下まで見送った後
事務所でそそくさと煙草を取りだした
ヘビースモーカーを横目に窓を開けた

「DV?花垣さんですか?」
「女のお前がお茶持ってきただけでその手に異常に反応した時あったろ。」

佐川さんの顔を煙越しで見つめながら
ああ、あの時かと思い出した

「確かに、私から見ても何か変な感じでした」
「人の一挙一動に体が先に反応するってのは立派なDVの反応だよ」


思い返してみれば、外のダンプカーの大きな音、サイレンの音にも
体がびくっと揺れていたのを事務仕事片手に見た気がする


「恐らく同居人とは言ってたが、花垣の男だろうなこいつは」

トントンと指で叩いた先には
花垣さんが持ってきた一枚の写真

スーツを着た男のどこにでもありそうな証明写真が
探偵事務所に持ち込まれると
こうも不気味さが増すものなんだろうか


「職業無職で背中に鯉の入れ墨なんて特徴、どう考えてもカタギじゃねぇよ」

昨日の記憶と共にバサッと傘を広げれば
大粒の雨が傘の中でものすごい音を立てた
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