遺言ノ花嫁

革のシートは思ったよりフカフカで
腰がゆっくりと沈むと同時に、
「寒くないですか?」 と運転手さんから声をかけられた。

上手く声が出せずにミラー越しに
目が合った運転手さんに向けて小さく頷く

車内は気分が悪くならない程度の暖房がついていて
変なタクシーよりよっぽど良い乗り心地だけど
右側の腰に恐らく玩具ではない拳銃を当てられていて
生きた心地がしない。

私の拳銃に対しての食い入るような視線に気づいたらしい。

「すみません、物騒で。」 と
申し訳なさそうに拳銃を押し当ててる本人に謝られた。

いや待て待て待て、待って。

すみませんで済むような状況では無くなってる
拳銃腰に当てられてるってどういうこと

パニックを飛び越えたせいで
冷静に状況判断しようにも
頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまう。

落ち着け、私。

まず車内には私含め3人

運転手は50〜60代くらいの男性
あれ以降ミラーで目が合うことはなく、
こういう状況に慣れてる可能性がある。
私の事を助けてくれるような素振りはない。

そして後部座席に座る私とこの人
もちろん名前も顔も知らない

けど、どうやら私はこの人に顔も名前も知られてる

あの道で捕まったことを考えれば
恐らく職場、家の場所まで知られてる可能性が高い


なんて佐川さんの教え通り
まずは状況を見極めることが大事 を実行したものの
目で見て分かることはこれくらいだし

ましてや自分の腰に当てられている
銃の感覚に恐怖が滲み出て指が震えてくる

「小春さんが何かしない限り、玉弾くことはしませんから。大丈夫ですよ。」

タマ… ハジク…
危ない、あと少しで白目むいて気失うとこだった。
私の気持ちを知ってか知らずか、
察したかのように真顔でそんなことを言われても
余計に恐怖が膨らむ一方なんだけど。

そもそもこの人の、顔色ひとつ変えないこの態度が
私の不安と恐怖を倍増させてる

でも、ひとつ分かったことは
殺そうと思えば今すぐにでも殺してしまえるのに
私を殺そうとはしてない
いや、してるけど。銃突きつけられてるけど。
私が抵抗しなければ本当にその気はないのかもしれない。

でも裏を返せば下手な動きをしたら殺される

スマホは一応鞄のポケットに入れてるけど
この状態でそんなもの取り出したら
きっと、いや、恐らくこの場で射殺されかねない。

大人しくしていれば一先ず生きていられることと
どっちにしても逃げ出す術がないってことだ。
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