遺言ノ花嫁

「もうすぐ着きます。」

それだけ告げられてから無言の車内に揺られる度に
冷たい銃口がぐっと腰に食い込んで
その場所に着くまでずっと気が気じゃなかった。


「どうぞ」

流れる景色をぼーっと眺められるくらいには
銃を突きつけられたままの状態に慣れてきていた
自分の適応力にゾッとしながらも
どこに停車したのか中からではよく分からないまま
開いたドアの外へと恐る恐る足を伸ばす

運転手さんによって開かれたドアの先に広がっていた光景に
私の頭の中はさらに混乱することになった。


大きな平屋の日本家屋
もう御屋敷と呼ぶに相応しいかもしれない

古い時代にでもトリップしたんじゃないかと思う程
『和』に包まれた空間で
冷たい空気と共に鼻をかすめるお線香の匂いと
大きな分厚い木の門の前に
ライトで照らされた真っ白の看板

そして、【 会長 橘 十蔵 告別式】の文字


「告別式…」

もう雨はすっかり上がっていて
呟いた私の言葉が
雨上がりの冬空に消えて行く

橘… 私と同じ苗字
身に覚えはなくとも、偶然とは思えない一致に
尚更訳が分からなくなってきた。

「行きましょうか」

いつの間にか私の前に立っていた彼は
ここまで来たらと諦めてくれたのか
あの物騒な物を片付けてくれている

「足元薄暗いので気をつけてくださいね」

私に一言そう声をかけると
着いてこいと言わんばかりの視線を向けて
ゆっくりと門をくぐった

後ろを振り返るとさっきまで乗っていた車の前で
運転手さんが深くお辞儀をしたままで
どうやら丁寧に見送られてるらしく
今更逃げる気にもなれずに私も足を進める。

まるでどこかの神社にでも繋がっているんじゃ
と錯覚してしまうほどに圧巻だった

門をくぐれば石畳の道が少しカーブを描いて続いていて
両脇には背の高い竹が絶妙な感覚で植えられている

竹に付いた雨粒が足元に備え付けられたライトの光に照らされて
キラキラと輝く光景に、あまりに非日常すぎて
ここが都会と言うことを忘れてしまいそうになる

一歩、また一歩と石畳を歩く度に
お線香の匂いは濃くなって
告別式という文字と照らし合わせれば
何があったのかは明確だった。


ただ単に誘拐され、犯罪に巻き込まれたわけではないという確信と

『橘 十蔵』という名前は私の昔からの疑問を紐解く何かのピースかもしれないと思うと
こんな状況であっても好奇心と薄まりつつある恐怖心で足取りは軽かった。


この後 自分がとんでもないことを託されることも知らずに。
< 5 / 11 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop