遺言ノ花嫁
2章 全員集合
────────────── 2章 全員集合
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「こちらの部屋でお待ちいただけますか」
大きな玄関で靴を脱いで
長い廊下の先に広がった大きな和室には
長い木のテーブルのサイドに
3つずつ紫色の座布団が敷かれている
「こちらに座って、楽にしていてください」
と言われても
こんな場所で楽にできるほどの
頑丈な精神はさすがに持ち合わせていない。
促されるまま、真ん中の座布団に
ゆっくりと腰を落とせば
座布団の冷たさに体が小さく震える
「それでは私は席を外しますので」
座った私を確認して、どこかに足早に消えてしまった。
シンと静かな和室に
どこからかちょろちょろと水の流れる音がする
雨水が屋根の瓦から流れてるんだろうか
大きな和室をぐるっと見渡せば
額縁に入った男の人の写真が4つ飾られていて
皆同じ格好で、袴姿の上半身だけが収められていた
亡くなった人なんだろうけど
もちろん私には誰も見覚えはない。
壁には大きな掛け軸に
『仁義』という言葉が掲げられていて
これは、もうそうなんじゃないのかと
いよいよ本格的に
ヤバいことに足を突っ込んでる気しかしない。
いや、もう充分やばい状況なんだけども。
そう思った瞬間にハッとした
そうだ、今私しか居ないんだ
鞄からスマホを取り出して急いで
佐川さんにメッセージを打つ
今の私に伝えられることを送っておけば
佐川さんがどうにかしてくれるかもしれない
私の身の保証なんて無いんだから
何かあった時のためにも
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 19:24 佐川さん!誘拐されました。助けてください!場所は分かりませんが |
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「ここの住所、俺打ってあげよっか?」
耳元で囁かれた声に慌てて振り向けば
ふふっと楽しそうに笑いながら
私の手からするっとスマホを奪って
「佐川?あー、上司?」
と面倒くさそうに聞いてきた
さっきの人と同じ真っ黒なスーツに真っ黒のネクタイ
告別式と書かれた看板を思い出せば
この人達、喪服なのかもしれない。
肩までありそうな黒髪はピチッと
オールバックに固められ、
高い位置のポニーテールを見ると
私のより遥かに美しい毛束が揺れている
「小春ちゃんでしょ?聞いてるよ、はい、返すね」
笑いながらスマホを手渡して
私の隣に胡座をかいて座り込んだ
何故か分からないけど嫌な汗が背筋に伝って
冬の寒気とは違った悪寒が足先から
頭のてっぺんまで駆け抜けていく
返されたスマホをゆっくりと鞄に直して
震えてる両手を悟られないように
正座した膝の上でぎゅっと固く結んだ。
なんなんだろうこの人
こっちをじっと食い入るように見てる
かなり見られてる
切れ長の瞳が怖くてこの人をまともに見れない
「そりゃ怖いよね。うんうん、分かるよ」
電子タバコを取り出して
ゆっくりと吸い上げながら
私の頭をぽんぽんと撫でると
「大丈夫、大丈夫〜」と煙を吐き出した
この人から放たれる得体の知れないオーラは
一体なんなんだろう
人の恐怖心をずっと針でつついているような
ジリジリと詰め寄られてる感覚がする
「小春ちゃん 全然喋ってくんないね」
ん〜と分かりやすく八の字に眉を垂らすと
あっ!と何かを閃いたらしい
「飯田 直人って言ったらお話してくれるかな?」
飯田 直人…
え、待って、
「知ってるんですか!?」
「あ、やっぱりあいつのこと探してる?」
私の頬をツンツンつついて
「やっと声聞けた」とへらっと不気味に微笑んだ