遺言ノ花嫁

「こんな奴のためにわざわざ時間作らなきゃなんねぇのかよ」

私の目を見ながらそう言うと
露骨に嫌そうな表情でため息を吐かれた。
いや、あまりに私が可哀想すぎるだろと
自分を労わってやりたくなる。

もうハッキリ言うけど、こっちは明らかに
反社しか居ないであろう場所に
誘拐されて連れてこられてるんですけど。

「まぁいいじゃん、小春ちゃん可愛いしさ」
「あ?ただのチビじゃねーか」
「そこがまた可愛いじゃん、俺は好きだよ」
「勝手に言ってろ。」

テーブルを挟んで私の目の前に座った
最低イケメン男を
もう既に嫌いになってる所で
私をここに連れてきた張本人が帰ってきた。

「弁護士の方がもう到着されますので、あと少し全員揃うまでお待ちください」

ぺこっと頭を下げた瞬間に、
またあの怖い人のウザ絡みが始まった。

「椎名ちゃんさ〜、段取り悪くない〜?俺も暇じゃないんだからさぁ。頼むよ?」
「申し訳ございません」

ああ…こんな上司最悪だ…
いやもう私ならパワハラで速攻会社辞めてる

「いっつも涼しい顔しちゃってさぁ、この仮面剥がしたらどうなんのかなお前」

鼻歌交じりに笑いながら
どうやら椎名さんと言う彼の頬に
電子タバコの空になった箱を投げつけた

「ちょっと!」

思わず痺れまくった足で立ち上がって
出しゃばってるとは思ったけど
こんなことまでしなくていいじゃない。

「こんなの人に投げないでください。貴方のゴミでしょ」

畳の上に転がった箱を手に取って
怖い人の前に置くと
和室の空気はとんでもないことになっていて
その自覚はあるから咄嗟に立ち上がってしまった数秒前に時間を巻き戻したい。

「良いんですよ、私が悪いですから」

何食わぬ顔で空き箱を手に取ると自身のスーツのポケットに入れてしまった椎名さんと
それを見ながら楽しそうに笑い出した怖い人に
ここは一体何なんだろうかと
猛烈に家に帰りたい衝動が襲ってきた。

どうして私がこんな場所に居るのか
さっぱり分からない。
一刻も早く立ち去りたい。

「おいおい、なんやねん。喧嘩か?」

さっきより空気の悪くなった和室に
突然陽気な声が加わって
私を含め皆が声の主を一斉に見る

ボブのセンター分け
サラサラストレートヘアが特徴的で
スーツを着ていても分かるマッチョだ
関西弁マッチョが突然やってきた
と思えば

「皆様お集まりでしょうか?」

眼鏡をかけた、いかにも貴方が弁護士さんであろう人が
関西弁マッチョの後ろから現れた

そして
もう私の容量はここで完全にオーバーしてしまった

次から次へと頭が追いつかない

それでなくてもこっちは残業して疲れてるのに
訳も分からずこんな場所に連れてこられるわ、
拳銃突きつけられるわ
怖い男に顎掴まれるし、
顔のいい男にチビだと目の前で罵られて
誘拐犯は上司にパワハラ受けてるし
関西弁マッチョと弁護士まで参戦

もうだめ、お腹いっぱいすぎる。
お腹いっぱいと言えば
私まだご飯も食べてないんだよ?
勘弁してくれ…
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