遺言ノ花嫁

「まず失礼は承知の上でお1人ずつお名前を宜しくお願いします。」

鞄から沢山の書類を机に出しながら
やっぱり弁護士さんだったおじさんが
眼鏡をくいっと押し上げて
私達全員にそう言った。

きっと皆また文句垂れてうるさくなると思いきや
急に大人しくなったと言うか、
少し様子が変わって意味がわからない。

だいたいこの場で名前を言うって
私は一体どこで何をしてるんだ?

「… 東 葉月」《ヒガシ ハヅキ》
私の向かいの最低イケメンが
面倒くさそうにしながら一番に呟いた
真正面から見るとますます綺麗な顔立ちで
見てるだけで腹立たしい。

「ええ…っと、東組 組長さんですね。はいはい。」
弁護士さんが何かの書類と照らし合わせながら
うんうんと頷く


「じゃあ次俺ね〜。城田 響です。よろしくね、小春ちゃん」《シロタ キョウ》
私に向かってヒラヒラと手を振ってウインクまで。
胃が痛くなってきた気がする。
飯田直人さんのことも本当はまだまだ聞きたいことが山ほどあるのに
この人のペースに巻き込まれそうで怖い。
というかこの人、そもそも怖い。

「城田組さんね、はい、大丈夫です」
弁護士さんが言い終わるや否や
関西弁マッチョがツヤツヤの髪を揺らして
私の方を見ながら小さく頭を下げてくれた。
「戸田 慶悟や。よろしく頼むで」《トダ ケイゴ》

唯一マシな人なのかもしれない…
なんか1番まともな人に思えてきた…

「戸田組ね… はい、OK。で、貴女が…えっと」


鞄からまたなにか取りだしながら
「お名前いいかな?」と問われた

どうしてこんな場で自己紹介しなくちゃいけないのか
そもそも、その大事な書類の中に
既に私の名前があるの?

黙っていると全員の視線が痛くて
仕方ないと口を開いた

「橘 小春です」
「間違いありませんね? はいこちら小春さんに」


私の目の前にスっと出された長方形の紙には
【 遺書 】と達筆な文字でそう書かれていた

「え?あ、あの」
「十蔵さんが生前、遺書は孫の貴女にと決めておられましたので」
「…孫?」

全くよくわかっていないのは
どうやらこの場で私だけらしかった
ポカンと間抜け面になってるであろう私の隣で
淡々と弁護士さんは私の前に
色々な書類を並べていく


「こちらが十蔵さんからお預かりしていた家系図や血縁関係を証明するものになります」
「ちょ、ちょっと待って。孫ってそんな急に言われても…」

今まで親戚はいなかったし、
施設に誰かが面会が来たことは1度もない。
それが突然私が孫?って言われても

「お前は亡くなった会長の孫なんだって言ってんたろうが。物分り悪ぃな。」

チッと正面から聞こえてきた舌打ちに
お腹の減り具合が限界点にきているせいか
猛烈にイライラが込み上げてくる
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