金の葉と、銀の雪

1*金色の花嫁

「そうそうそう、お願いします、松田さーん! もう松田さんしか頼める人がいないのよ~」
 シカゴでの生活が慣れてきたある秋の日のことである。こんな春奈の声を受けて、三琴はまた(・・)アルバイトをすることになった。
 そのアルバイトというのは、今度はウェディングドレスのモデル。なんでも春奈は年始にウェディングドレスのカタログ撮影の仕事が入っていて、そのための予行演習をしたいとのことであった。

「具体的に、一体、私は何を?」
 話の流れからなんとなくの予想はつくが、一応、三琴は詳細を尋ねてみた。
「松田さんにはドレスを着てもらって、実際に撮影したいなぁ~って」
(あ、やっぱり)
 三琴の予感は当たっていた。

「私、そんなにスタイルがいいわけではないんだけど……」
 モデルなんて、しかも女子なら誰だって憧れのウエディングドレスのといわれると、やっぱり一般人の三琴は気が引けてしまう。
 そんなこと、端から承知してますといわんばかりに、春奈はこう付け足した。
「それは大丈夫。白いドレス生地の光の反射具合とかのチェックだけだから」

 春奈は、ファッション誌の依頼自体は「はじめて」ではない。「はじめて」ではないのだが、色の付いていない服、つまり真っ白な服であるウェディングドレスはそうではなかった。当日の撮影までに、撮影技法をいろいろ試してみたいのだと彼女は力説した。
 そういうことなら、ウェディングドレスを着るのは誰でもいいような気もする。だが、他に頼める人はいないと春奈はいっている。さらにきけば、なんと予行演習日は来週の平日午後であった。もう一週間となかった。

「ずいぶんと直前ね」
「そうなの。実は、お願いしてあったモデルさんに急な仕事が入っちゃって、昨日キャンセルされちゃったんだ」
 もう少し早くわかっていればよかったんだけどさ、と意気消沈して春奈はいう。
 個人の勉強会に付き合っても、そのギャラは大したことはない。プロのモデルが公式の仕事を優先するのは、極めて当たり前なことである。

「それで、予定が空いていそうなのが私、ってことですか?」
「そういうことです」
 えへへと苦笑いしながら、春奈がいう。
 問題のウェディングドレス撮影はもっと先の話だから、春奈は撮影予行演習を延期することも考えた。だがその春奈も、ありがたいことに仕事が入っていて忙しい。春奈自身もスケジュールの空きがそこしかなかったのだ。

「確かに、一番融通が利くのは私かも知れないけど……」
 自主撮影勉強会といえば、三琴は半年前の春のバラ園を思い出す。あれだって急に決まったが、休日開催だったから参加できた。
 でも今回は、平日。平日だから、三琴も勤務日だ。撮影に協力するには休みを取らなくてはならない。
 三琴が許可を取る先は義理の兄、脩也になる。だが、これ、身内だから高確率で有給申請は通りそうだが、確実とは限らない。
「それは大丈夫。もう脩也さんには了承をもらっているから!」
 三琴の懸念もなんのその、春奈はとっくに先回りしてあった。
 こんな具合に決まった翌週、三琴は春奈の運転するSUVに乗せられて、とある山の教会まで連れていかれたのだった。


 †



 春奈が見つけてきた予行演習場所は、山の中腹というよりかなだらかな丘の上にある教会であった。敷地内がちょっとした庭園になっていて、申し込めば誰でもガーデンパーティーを行うことができるとのこと。地域住民のための、信仰と憩いの場であった。

「はじめまして、ヴェネッサです。こちらは、姪っ子のリネットとエイミー。本日はよろしくお願いいたします」
 教会に到着すれば、春奈と同世代のメイクアップアーティストの女性と双子の金髪少女が待っていた。
「え? メイクさん?」
「そうそう。できるだけ当日と同じにしたかったから」
 あっけらかんと、春奈はいう。
 プロのメイクアップアーティストを手配してあるときいていなかったから、三琴はびっくりである。
 練習といいながらも気合の入り方が本番さながらで、春奈の仕事に対する真摯さがよくわかる。三琴は軽い気持ちで引き受けたウェディングドレスのモデルだったが、ここはしっかり気持ちを引き締める。
 今日の撮影は、誌面に載ることはない。だけど、この勉強会はきっと春奈の将来の役に立つはず。ならば三琴だって、とびきりの笑顔となって春奈のカメラの前に立って協力しなければ。

「双子ちゃんには、ベールガールをお願いしてあるから」
「ベールガール?」
 すぐさま三琴の脳裏に海外ドラマの結婚式シーンが浮かび上がる。花嫁の後ろを歩く可愛い天使の姿を。
 そういわれてみれば、目の前の双子はペールピンクの可愛らしいペアドレスを着て、髪も全く同じヘアスタイルだ。
「ふわりと揺れるベールも撮ってみたかったんだよね~」
 風の流れを感じるフォトにしたいからベールの演出を入れたのだと、春奈はいう。
 メイク係の姪っ子は社会見学できているのかと思っていたら、彼女たちも三琴と同じモデルだったのである。
 
 紹介された双子が、ニコニコ顔で三琴に話しかけてきた。
「私ね、ベールガールをやってみたかったの」
「おねえさん、頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」
 無垢な笑顔をみせて、可愛らしく宣誓する。
「ええ。こちらこそ、よろしくね」
 ベールガールが登場するような式なんて、日本ではやりたくてもなかなか手配できないかもしれない。
 でもここはシカゴ、また本物の式ではなくてカタログ撮影である。そのカタログの読者は、これから挙式しようとする女性たちだ。となれば、誌面に載るシーンが華やかであればあるほど夢があっていい。
 どんどんと撮影現場の規模が大きくなっていて、やや気後れしそうになる。でもここは思い切って『花嫁役』を楽しもうと三琴は決めたのだった。

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