金の葉と、銀の雪
2*金の庭園での内緒話
「えーっと、こんなもんかな? ちょっと確認を入れるから、モデルさんはその間、休んでいてくださーい」
ひととおりのパターンを撮り終えた春奈が、一時休憩を宣言した。その場で春奈は、ヴェネッサとふたりであれこれと次の打合せをはじめた。
三琴と双子はいま撮影したばかりの石のベンチに並んで座ったまま、こちらも女子三人で歓談がはじまった。
花嫁とお伴のベールガールの会話は、もちろん花嫁にまつわる恋バナになる。恋に恋する年齢の少女にすれば、三琴はなかなか会うことのないこれから結婚していくおねえさんで、絶好のターゲットになっていた。
「ミッコは、お婿さんとどこで知り合ったの?」
「ミコト」の発音が慣れなくて、双子は三琴のことを「ミッコ」と呼んでいた。三琴としては少々くすぐったい感じがするが、これもいい撮影の思い出になるだろう。
「仕事先で、知り合ったのよ」
正確には、三琴は花婿の秘書であったのだが、副社長と秘書であったことをそのまま伝えるのはやめておいた。仕事で参加したプロジェクトに、たまたま瑞樹がいたことにした。
「大勢の人が行き交う中で、出会ったのね! 偶然の巡り合わせって、運命っぽくて素敵」
「何気なく向けた視線の先にお婿さんがいて、向こうもミッコのことを見つめていたのかしら? そして目が合って……それ、神様の思し召しって感じよね~」
少女ならではのたくましい想像力で、ふたりの出会いは勝手にロマンティックなものへと補正されていく。このあたりは、恋に恋する乙女、そのままである。国を違えても年頃の女子に変わりはない。
「結婚までのお付き合いは、どのくらい?」
「そうね、二年ぐらいかな?」
正確には、秘書時代が三年、極秘交際が一年。瑞樹の記憶がなくなってから一年と少し間が空いていて、その後入籍である。これも正直に答えなくてもいいだろう、ややこしいので無難な二年にした。
「そうすると、交際三年目に入る記念日にプロポーズされたの?」
「まぁ、そういう感じね」
正確には、プロポーズは二回ある。一回目が極秘交際二年目に入るときで、知り合って四年目のこと。当時は極秘交際ゆえに誰もふたりのことを知らなければ、今みたいに訊かれることはなかった。
こうして質問されていると、今さらながらに瑞樹と共有していた時間の長さに驚く。社員時代のほとんどすべての時期を、三琴は瑞樹の部下として過ごしていたのだ。
「ちょうど節目でプロポーズかぁ~、特別感あって素敵……いいなぁ」
「あら、ありがとう」
正確には、その節目にプロポーズでなくて瑞樹の記憶喪失というアクシデントに見舞われたのだけど。
実際の二回目のプロポーズは、三琴が一時帰国したときである。瑞樹のタワーマンションで朝食をいただいているときに、である。
どちらのプロポーズも双子が想像しているものとはかなり違う。けれど、乙女の夢を壊すことはないだろう。ここは花嫁の余裕でそれらしく振る舞って三琴は答えてみせた。
「それで、ミッコは、お婿さんのどこが好き?」
「え?」
次は「プロポーズの言葉は何?」ぐらいを三琴は予想していたのだが、外れた。この質問について、三琴は詰まってしまう。
(瑞樹さんの好きなところ……)
(どこかしら?)
(入社半年で部長秘書に配属されて、はじめて瑞樹さんに会ったんだった。一般社員の私は創業家一族とは無縁で終わると思っていたから、あの配属にはびっくりしたんだった。もうとにかく緊張しかなくて、でもなったからにはきちんと仕事をしなくてはと頑張っていたんだけど……)
三琴は悩み、黙り込んでしまう。
これに双子は、きょとんとなる。そして、こう質問を変えた。
「そんなに難しいこと? ルックスが好みとか、優しいとか、何かあるでしょ? 何でもいいよ、どこが好きになったの?」
難しく考えすぎ――リネットの言葉を受けて、いま一度三琴は瑞樹のことを思い浮かべた。
(ルックスは……申し分ないわよね。背は高いし、いわゆるハンサムだし、スーツがよく似合っているし)
(性格は、優しい……のかな? まぁ、セクハラにならないように、業務中はすごく気を遣っていてくれたのは事実だったし)
(そうねぇ~……やっぱり、曲がったことが嫌いなところかしら? 仕事中は、よく怒っていたな。これじゃあ、ダメだって。真面目というか、完璧主義というか)
依然、無言になって必死になって考える三琴を、双子は急かしたりしない。
ちらりと三琴が双子をみれば、ふたりは目をキラキラ輝かせて待っている。どんな返事がくるのだろうかと、期待にとても胸を膨らませていた。
(こ、これは、やっぱり乙女の夢を裏切ってはいけないのかも?)
(ほ、他にも、いいところはあったはず)
(そう、例えば……)
あ、これがいいかなと、三琴はとっさに閃いた。
「やっぱり、一緒にいたいなって人かな」
「一緒にいたい?」
「そう。お話してお別れたときに寂しい感じがして、もっと一緒にいたいな~って思った人だったわ」
ちょっと主旨は外れるが、そう三琴は答えた。
途端、双子は腑に落ちたような顔になった。
「あーだからか! だから同じ家に住めるように、結婚するんだ~」
「そうよ、エイミー! そうよね! 離れがたい、それに尽きるわ! ミッコ、ありがとう。恋愛で一番大事なことに近づけた気がする」
リネットには何か思い当たることがあるらしく、三琴の答えにひどく納得する。
結婚では、たりの相性がまず一番だけど、それ以外の物もいろいろ影響する。でも恋に恋する乙女のときだからこそ、そんなものは無視して、ふたりだけのことを夢見ていたいもの。
ベールガールの要望にお応えできたかなと、三琴は思ったのだった。
「それにしても、遅いわよね~」
エイミーが空を見上げて、不思議なことをつぶやいた。
(遅い?)
(遅いって、何が遅いのかしら?)
(そういえば、東野池さん、ヴェネッサさんもいない)
ふと気がつけば、庭園には三琴と双子の三人だけ。見上げた空に雲も出ていた。ここはまだ日向だが、遠くの庭園に影が落ちていた。
「そうそう、遅い! 予定から三十分も遅れているじゃないの。ここで待ちぼうけしていたら、私たちが凍えちゃう!」
リネットは庭園の時計塔を確かめていう。
あんなに高かった太陽は傾きだしていて、陽射しの温かさよりも空気の冷たさのほうが優勢になっていた。まさにリネットのいうとおり、このウエディングドレス一枚のままでは三琴は凍えてしまう。お伴の双子だって、そう。
撮影時間の詳細については、特に知らされていない。春奈からはとにかく当日の体調だけは崩さないようにしてといわれて、素直に三琴はそれだけに気を配っていた。
まだまだ撮影が続くのなら、一旦、暖を取りに教会へ戻ったほうがいい、そう三琴が思ったときだった。
「すまない、危うく氷漬けにさせてしまうところだったかな?」
いまここで、絶対にきくことのない声が三琴の耳に飛び込んできたのだった。
ひととおりのパターンを撮り終えた春奈が、一時休憩を宣言した。その場で春奈は、ヴェネッサとふたりであれこれと次の打合せをはじめた。
三琴と双子はいま撮影したばかりの石のベンチに並んで座ったまま、こちらも女子三人で歓談がはじまった。
花嫁とお伴のベールガールの会話は、もちろん花嫁にまつわる恋バナになる。恋に恋する年齢の少女にすれば、三琴はなかなか会うことのないこれから結婚していくおねえさんで、絶好のターゲットになっていた。
「ミッコは、お婿さんとどこで知り合ったの?」
「ミコト」の発音が慣れなくて、双子は三琴のことを「ミッコ」と呼んでいた。三琴としては少々くすぐったい感じがするが、これもいい撮影の思い出になるだろう。
「仕事先で、知り合ったのよ」
正確には、三琴は花婿の秘書であったのだが、副社長と秘書であったことをそのまま伝えるのはやめておいた。仕事で参加したプロジェクトに、たまたま瑞樹がいたことにした。
「大勢の人が行き交う中で、出会ったのね! 偶然の巡り合わせって、運命っぽくて素敵」
「何気なく向けた視線の先にお婿さんがいて、向こうもミッコのことを見つめていたのかしら? そして目が合って……それ、神様の思し召しって感じよね~」
少女ならではのたくましい想像力で、ふたりの出会いは勝手にロマンティックなものへと補正されていく。このあたりは、恋に恋する乙女、そのままである。国を違えても年頃の女子に変わりはない。
「結婚までのお付き合いは、どのくらい?」
「そうね、二年ぐらいかな?」
正確には、秘書時代が三年、極秘交際が一年。瑞樹の記憶がなくなってから一年と少し間が空いていて、その後入籍である。これも正直に答えなくてもいいだろう、ややこしいので無難な二年にした。
「そうすると、交際三年目に入る記念日にプロポーズされたの?」
「まぁ、そういう感じね」
正確には、プロポーズは二回ある。一回目が極秘交際二年目に入るときで、知り合って四年目のこと。当時は極秘交際ゆえに誰もふたりのことを知らなければ、今みたいに訊かれることはなかった。
こうして質問されていると、今さらながらに瑞樹と共有していた時間の長さに驚く。社員時代のほとんどすべての時期を、三琴は瑞樹の部下として過ごしていたのだ。
「ちょうど節目でプロポーズかぁ~、特別感あって素敵……いいなぁ」
「あら、ありがとう」
正確には、その節目にプロポーズでなくて瑞樹の記憶喪失というアクシデントに見舞われたのだけど。
実際の二回目のプロポーズは、三琴が一時帰国したときである。瑞樹のタワーマンションで朝食をいただいているときに、である。
どちらのプロポーズも双子が想像しているものとはかなり違う。けれど、乙女の夢を壊すことはないだろう。ここは花嫁の余裕でそれらしく振る舞って三琴は答えてみせた。
「それで、ミッコは、お婿さんのどこが好き?」
「え?」
次は「プロポーズの言葉は何?」ぐらいを三琴は予想していたのだが、外れた。この質問について、三琴は詰まってしまう。
(瑞樹さんの好きなところ……)
(どこかしら?)
(入社半年で部長秘書に配属されて、はじめて瑞樹さんに会ったんだった。一般社員の私は創業家一族とは無縁で終わると思っていたから、あの配属にはびっくりしたんだった。もうとにかく緊張しかなくて、でもなったからにはきちんと仕事をしなくてはと頑張っていたんだけど……)
三琴は悩み、黙り込んでしまう。
これに双子は、きょとんとなる。そして、こう質問を変えた。
「そんなに難しいこと? ルックスが好みとか、優しいとか、何かあるでしょ? 何でもいいよ、どこが好きになったの?」
難しく考えすぎ――リネットの言葉を受けて、いま一度三琴は瑞樹のことを思い浮かべた。
(ルックスは……申し分ないわよね。背は高いし、いわゆるハンサムだし、スーツがよく似合っているし)
(性格は、優しい……のかな? まぁ、セクハラにならないように、業務中はすごく気を遣っていてくれたのは事実だったし)
(そうねぇ~……やっぱり、曲がったことが嫌いなところかしら? 仕事中は、よく怒っていたな。これじゃあ、ダメだって。真面目というか、完璧主義というか)
依然、無言になって必死になって考える三琴を、双子は急かしたりしない。
ちらりと三琴が双子をみれば、ふたりは目をキラキラ輝かせて待っている。どんな返事がくるのだろうかと、期待にとても胸を膨らませていた。
(こ、これは、やっぱり乙女の夢を裏切ってはいけないのかも?)
(ほ、他にも、いいところはあったはず)
(そう、例えば……)
あ、これがいいかなと、三琴はとっさに閃いた。
「やっぱり、一緒にいたいなって人かな」
「一緒にいたい?」
「そう。お話してお別れたときに寂しい感じがして、もっと一緒にいたいな~って思った人だったわ」
ちょっと主旨は外れるが、そう三琴は答えた。
途端、双子は腑に落ちたような顔になった。
「あーだからか! だから同じ家に住めるように、結婚するんだ~」
「そうよ、エイミー! そうよね! 離れがたい、それに尽きるわ! ミッコ、ありがとう。恋愛で一番大事なことに近づけた気がする」
リネットには何か思い当たることがあるらしく、三琴の答えにひどく納得する。
結婚では、たりの相性がまず一番だけど、それ以外の物もいろいろ影響する。でも恋に恋する乙女のときだからこそ、そんなものは無視して、ふたりだけのことを夢見ていたいもの。
ベールガールの要望にお応えできたかなと、三琴は思ったのだった。
「それにしても、遅いわよね~」
エイミーが空を見上げて、不思議なことをつぶやいた。
(遅い?)
(遅いって、何が遅いのかしら?)
(そういえば、東野池さん、ヴェネッサさんもいない)
ふと気がつけば、庭園には三琴と双子の三人だけ。見上げた空に雲も出ていた。ここはまだ日向だが、遠くの庭園に影が落ちていた。
「そうそう、遅い! 予定から三十分も遅れているじゃないの。ここで待ちぼうけしていたら、私たちが凍えちゃう!」
リネットは庭園の時計塔を確かめていう。
あんなに高かった太陽は傾きだしていて、陽射しの温かさよりも空気の冷たさのほうが優勢になっていた。まさにリネットのいうとおり、このウエディングドレス一枚のままでは三琴は凍えてしまう。お伴の双子だって、そう。
撮影時間の詳細については、特に知らされていない。春奈からはとにかく当日の体調だけは崩さないようにしてといわれて、素直に三琴はそれだけに気を配っていた。
まだまだ撮影が続くのなら、一旦、暖を取りに教会へ戻ったほうがいい、そう三琴が思ったときだった。
「すまない、危うく氷漬けにさせてしまうところだったかな?」
いまここで、絶対にきくことのない声が三琴の耳に飛び込んできたのだった。