金の葉と、銀の雪
声に振り返ると、三琴は目を疑う。
サクサクと黄金色の葉を踏み分けて、声の主が三琴のすぐ近くまできていた。
黒髪の背の高い日本人男性は、仕事の途中といわんばかりのダークスーツ姿。黄金色の庭園の中ではひどく浮いている。ごっご遊びはもうおしまいと、黄金色のおとぎの国から三琴たちを現実世界へ引き戻すためにやってきた夢と現の番人にもみえた。
(え?)
(何で?)
(今日はウエディングドレスのカタログ撮影の予行演習会じゃなかったの?)
「お婿さん、おっそーい!」
リネットがここぞとばかりに文句を口にした。
(え? お婿さん?)
このリネットの苦情に、三琴は目が丸くなる。
「お嫁さんも私たちも、凍死するところだったわよ!」
エイミーだって負けずに悪態をつく。
双子は、突如現れた黒い服装の人物に警戒などしない、いかにもこの男性とは昔から知っていますといわんばかりの親密さだ。
なじられた男性のほうだって、怒りやしない。軽く笑って、まぁまぁと余裕でかわす。相手は子供だけど、「大変失礼をいたしました」と小さなレディに丁寧に詫びた。
「瑞樹さん、え、どうして?」
そう、ここに現れたのは瑞樹。三琴の夫の瑞樹で、日本に住んでいる瑞樹である。
「ちょうど北米出張が入ったから、その途中」
双子にだけでなく、三琴にも余裕の笑みを瑞樹は向ける。
その笑みを、三琴はよく知っている。業務がうまく進んでいるときの、未来の成功を確信しているときの、自信に満ちたあの顔だ。これは、三琴の好きな瑞樹の顔である。
突然の瑞樹の登場で、今さらながらに双子の質問、お婿さんのどこが好きの答えが見つかった瞬間でもあった。
現在の瑞樹と三琴は、夫婦だけど仕事の都合で離れて暮らしている。
日本とアメリカという居住地は、距離が遠いだけでなく時差だって大きい。そんなふたりを繋ぐのは、週に一回のビデオ通話だ。
ここで近況報告をしたりして会話を楽しんでいるだが、先週の通話のときには、こちらにくるようなこと、ひと言も瑞樹は口にしていなかった。
そう三琴は、瑞樹がビジネス・トリップでアメリカへきていたなんて、まったく知らなかったのである。
「北米出張だなんて、うそぉ~」
不意を突かれすぎて、三琴の口から出る声はとても変な声になる。
その変声を受けて、瑞樹もふざけてこう返す。
「そう、嘘」
「え! うそだったの? え、え! 瑞樹さん、どっち?」
嘘って、何が嘘なのだろう? 三琴のうそは、「ここに瑞樹さんがいるなんて、信じられない」という意味のうそである。
「さぁて、どっちかな?」
意地悪く、瑞樹ははぐらかす。さらに三琴を混乱させるように。
予定外も予定外すぎて三琴には困惑しかない。そんな三琴をよそに、エイミーが冷静に瑞樹に尋ねた。
「遅れたのは、飛行機のせい?」
「そう、フライトが少し遅れた。でも間に合ったよ」
三琴と違って、エイミーの問いにはきちんと答える瑞樹がいる。さらに先週乗った国際線に問題がなかったが、今日の国内線は雪で遅れてしまったんだと付け加えた。
ここシカゴでは、まだ雪は降っていない。だがアメリカは広い国だ、北部地区ではもうとっくにウインターシーズンに入っていた。
「そういうことなら仕方がないわね。許してあげる!」
と、ちょっと澄ましてリネットがいう。三琴ではなくリネットが瑞樹の遅刻を許したのだった。
(一体どうなっているの?)
瑞樹と双子の会話に流れに、三琴はついていけない。呆然と佇んだまま、ふたりの会話をきくばかり。
「遅れた分だけ時間がないわ! いきましょう、ミッコ」
と、エイミーもエイミーで三琴のベールとドレス裾を小さくまとめ上げた。
そして、状況がやはりわからない三琴の手を、リネットが引っ張っていく。
「じゃあ、あとでね~、花婿さん!」
花婿の目の前で、ベールガールが花嫁を連れ去っていく。双子に引っ張られながらも、三琴は何度も瑞樹のほうへ振り返った。
花嫁が攫われるのに、花婿は焦ることなく余裕の表情のままだ。夕刻前の黄金色の庭園に瑞樹が残される。
目を丸くしたままで遠ざかっていく三琴の姿をおかしく思いながら、瑞樹は三人を見送ったのだった。
††
「俺が松田ちゃんの父親役をするのは、やっぱり変だろう」
脩也がとても嫌そうに、春奈の提案を拒絶した。
「じゃあ、なしでいく?」
今日の結婚式は、とにかくスタッフの数が少ない。それはもう、必要最低限というレベルだ。
「いや、運転手でいいんじゃないか?」
あいつとは、瑞樹を空港からここまで運んできたドライバーである。のちの御用のために、ドライバーはここに待機させてあった。
三琴らが控室へ戻れば、春奈とヴェネッサと、新たに脩也がいた。三人で額を突き付けて、真剣に何かを協議していた。
ここで三琴は瑞樹だけでなく脩也も見つけてしまって、また目が丸くなった。
(あれ? 何で脩也さんが、ここに?)
(今日は別件が入るから予定を調整してくれって、いっていなかった?)
(もしかして、その別件がこれ?)
「おお~、松田ちゃん! わかってはいたが、我が義妹は、マジで美しい。義兄は鼻高々だ~」
ウエディングドレスの三琴をひと目みて、脩也が大声で感激する。抱きつかんばかりの勢いで。
しかも、自分のことを義兄といって、スタジオでは絶対に口にしない呼称を遠慮なく使っていた。
ここまでくればのん気な三琴だって、もう何が起こっているのか、わかる。
ロケーション最高の教会で、ウェディングドレスを着せられて、日本にいるはずの夫が現れる。夫の登場は少々遅れたようだが、新郎新婦からはじまって、メイク係、ベールガール、フォトグラファーと役者がそろっていた。まだ確認できていないが、きっと牧師がいるに違いない。
もうこれ、ウエディングドレスのカタログ撮影の練習といっていたが、実は三琴と瑞樹の結婚式であった。
サクサクと黄金色の葉を踏み分けて、声の主が三琴のすぐ近くまできていた。
黒髪の背の高い日本人男性は、仕事の途中といわんばかりのダークスーツ姿。黄金色の庭園の中ではひどく浮いている。ごっご遊びはもうおしまいと、黄金色のおとぎの国から三琴たちを現実世界へ引き戻すためにやってきた夢と現の番人にもみえた。
(え?)
(何で?)
(今日はウエディングドレスのカタログ撮影の予行演習会じゃなかったの?)
「お婿さん、おっそーい!」
リネットがここぞとばかりに文句を口にした。
(え? お婿さん?)
このリネットの苦情に、三琴は目が丸くなる。
「お嫁さんも私たちも、凍死するところだったわよ!」
エイミーだって負けずに悪態をつく。
双子は、突如現れた黒い服装の人物に警戒などしない、いかにもこの男性とは昔から知っていますといわんばかりの親密さだ。
なじられた男性のほうだって、怒りやしない。軽く笑って、まぁまぁと余裕でかわす。相手は子供だけど、「大変失礼をいたしました」と小さなレディに丁寧に詫びた。
「瑞樹さん、え、どうして?」
そう、ここに現れたのは瑞樹。三琴の夫の瑞樹で、日本に住んでいる瑞樹である。
「ちょうど北米出張が入ったから、その途中」
双子にだけでなく、三琴にも余裕の笑みを瑞樹は向ける。
その笑みを、三琴はよく知っている。業務がうまく進んでいるときの、未来の成功を確信しているときの、自信に満ちたあの顔だ。これは、三琴の好きな瑞樹の顔である。
突然の瑞樹の登場で、今さらながらに双子の質問、お婿さんのどこが好きの答えが見つかった瞬間でもあった。
現在の瑞樹と三琴は、夫婦だけど仕事の都合で離れて暮らしている。
日本とアメリカという居住地は、距離が遠いだけでなく時差だって大きい。そんなふたりを繋ぐのは、週に一回のビデオ通話だ。
ここで近況報告をしたりして会話を楽しんでいるだが、先週の通話のときには、こちらにくるようなこと、ひと言も瑞樹は口にしていなかった。
そう三琴は、瑞樹がビジネス・トリップでアメリカへきていたなんて、まったく知らなかったのである。
「北米出張だなんて、うそぉ~」
不意を突かれすぎて、三琴の口から出る声はとても変な声になる。
その変声を受けて、瑞樹もふざけてこう返す。
「そう、嘘」
「え! うそだったの? え、え! 瑞樹さん、どっち?」
嘘って、何が嘘なのだろう? 三琴のうそは、「ここに瑞樹さんがいるなんて、信じられない」という意味のうそである。
「さぁて、どっちかな?」
意地悪く、瑞樹ははぐらかす。さらに三琴を混乱させるように。
予定外も予定外すぎて三琴には困惑しかない。そんな三琴をよそに、エイミーが冷静に瑞樹に尋ねた。
「遅れたのは、飛行機のせい?」
「そう、フライトが少し遅れた。でも間に合ったよ」
三琴と違って、エイミーの問いにはきちんと答える瑞樹がいる。さらに先週乗った国際線に問題がなかったが、今日の国内線は雪で遅れてしまったんだと付け加えた。
ここシカゴでは、まだ雪は降っていない。だがアメリカは広い国だ、北部地区ではもうとっくにウインターシーズンに入っていた。
「そういうことなら仕方がないわね。許してあげる!」
と、ちょっと澄ましてリネットがいう。三琴ではなくリネットが瑞樹の遅刻を許したのだった。
(一体どうなっているの?)
瑞樹と双子の会話に流れに、三琴はついていけない。呆然と佇んだまま、ふたりの会話をきくばかり。
「遅れた分だけ時間がないわ! いきましょう、ミッコ」
と、エイミーもエイミーで三琴のベールとドレス裾を小さくまとめ上げた。
そして、状況がやはりわからない三琴の手を、リネットが引っ張っていく。
「じゃあ、あとでね~、花婿さん!」
花婿の目の前で、ベールガールが花嫁を連れ去っていく。双子に引っ張られながらも、三琴は何度も瑞樹のほうへ振り返った。
花嫁が攫われるのに、花婿は焦ることなく余裕の表情のままだ。夕刻前の黄金色の庭園に瑞樹が残される。
目を丸くしたままで遠ざかっていく三琴の姿をおかしく思いながら、瑞樹は三人を見送ったのだった。
††
「俺が松田ちゃんの父親役をするのは、やっぱり変だろう」
脩也がとても嫌そうに、春奈の提案を拒絶した。
「じゃあ、なしでいく?」
今日の結婚式は、とにかくスタッフの数が少ない。それはもう、必要最低限というレベルだ。
「いや、運転手でいいんじゃないか?」
あいつとは、瑞樹を空港からここまで運んできたドライバーである。のちの御用のために、ドライバーはここに待機させてあった。
三琴らが控室へ戻れば、春奈とヴェネッサと、新たに脩也がいた。三人で額を突き付けて、真剣に何かを協議していた。
ここで三琴は瑞樹だけでなく脩也も見つけてしまって、また目が丸くなった。
(あれ? 何で脩也さんが、ここに?)
(今日は別件が入るから予定を調整してくれって、いっていなかった?)
(もしかして、その別件がこれ?)
「おお~、松田ちゃん! わかってはいたが、我が義妹は、マジで美しい。義兄は鼻高々だ~」
ウエディングドレスの三琴をひと目みて、脩也が大声で感激する。抱きつかんばかりの勢いで。
しかも、自分のことを義兄といって、スタジオでは絶対に口にしない呼称を遠慮なく使っていた。
ここまでくればのん気な三琴だって、もう何が起こっているのか、わかる。
ロケーション最高の教会で、ウェディングドレスを着せられて、日本にいるはずの夫が現れる。夫の登場は少々遅れたようだが、新郎新婦からはじまって、メイク係、ベールガール、フォトグラファーと役者がそろっていた。まだ確認できていないが、きっと牧師がいるに違いない。
もうこれ、ウエディングドレスのカタログ撮影の練習といっていたが、実は三琴と瑞樹の結婚式であった。