冷酷な狼皇帝の契約花嫁 ~「お前は家族じゃない」と捨てられた令嬢が、獣人国で愛されて幸せになるまで~
けれど、想定外のことが起こって計画自体が飛んでしまった。
突然の事態に見舞われ、サラは途方に暮れていた。
(ああ、あぁ、こんなことって……)
馬車の揺れを感じながら、車窓から見える濃い緑色の植物群に怯えた。
長女マーガリーの結婚が決まった。バルクス家には娘しかいなかったので跡取り婿を迎え入れる必要があり、それをバフウット卿が快く了承してくれたのだ。
うまくまとまった見合いに、その日姉も頬を染めてうれしがっていた。
見合いが行われて数日後には、両家の婚約が成立した。
そして家族が喜んでいるのを遠くからサラが見かけたその日――家族は、サラを捨てることを決めたようだ。
それがわかったのが、挙式の日取りが決まったと知らせを受けた今日だった。
捨てる理由は『跡取り婿を迎えたのに、お前のせいで男の子が生まれなかったら困るから』――だそうだ。
サラは、午前中にあれよあれよという間に初めて見る貴族のものではない馬車に詰め込まれ、出荷されるがごとく国境へと運ばれた。
しかも雇われたその馬車が向かった先は、人の手がいっさい入ったことがない、深い森に覆われた最も恐ろしい国境だった。
サラは、辺境伯の娘としてよく知っているそこに震え上がらずにはいられない。
このエルバラン王国は、実りに恵まれて水も豊かで、ほぼ海に囲まれていた。
隣国とは橋でつながっているわけだが、唯一、アーバンガルド大陸とは陸続きになっている。
それが、バルクス家の領地に存在している森にあるこの国境だ。
――異形の地の入り口。
未開の地であるとして、そう呼ばれていた。
バルクス辺境伯がこの国境を守るように王命を受け、門番のように騎士団を監視にあたらせている危険な国境だ。
この森の向こうには、人間以外の者たちが暮らしている広大な土地が広がっている。
この国で、魔女に続いて有名な、恐ろしい【獣人】と呼ばれている人外の種族と、未知の恐ろしい動物ばかりが暮らしているという国だ。
――ガドルフ獣人皇国。
彼らの土地には、恐ろしい生き物がたくさんいるとか。
人間たちは彼らにいっさい手を出さないこと、彼らは無断で人間の国に入らないことを大前提として平和条約を結び、二つの国は互いに国交がないまま隣り合っていた。
国内に入った人間の命は保証しない。
それもまた、ガドルフ獣人皇国から出されていた平和条約の条件の一つだ。
それをいいことに、処刑の一環のごとく不要な人間をそこに捨てるのだと子供たちは恐ろしい寝物語として聞かされた。
侵入も禁じて辺境伯の騎士団が置かれているので、現実にはあり得ない話だった。
――だが、それがサラの身には現実になってしまったのだ。
「さあ、降りろ」
明らかに御者業ではなさそうな男が、狩猟銃を担いだままサラを下車させる。
足元に大自然の植物が触れた。見たことがない形の濃い緑の植物で、足が委縮する。サラの今の服がドレスではなく、使用人が出勤する前まで着ているような庶民のスカートだったからだ。
動きやすい町娘の衣装なのはありがたいが、荷物はない。
それは死ぬとわかってのことだろう。
「ど、どうして、ここなんですか?」
サラは絶望感に震えた。ここまでもずっとこらえ続けてきたのに、つい涙目になって彼を見た。狩猟銃を背負った男は、無常にも後ろ姿を見せていた。
「生きていると、あんたの〝呪い〟が解けないからだそうだ」
彼は答えながらも、馬車のトランクを開けていた。
「そ、そんなことしていません」
家族は本気で、家に男の子が生まれなかったのはサラのせいだと決めつけていたのか。そこにもショックを受けて視線が下がっていく。
「私、魔法なんて……使えません……」
うつむいたせいで細い声はどんどんしぼんだ。
心底嫌われていたという事実に、家族への最後のつながりも切れるのを感じた。
同時に――自分の口から出した“嘘”が、胸に痛い。
すると意外な言葉が返ってきて、サラはハッと顔を上げた。
「ああ、知っているよ。不思議な力だとか、呪いだとか、全部迷信だ」
男は荷台の荷物を全部どかしたところだった。言いながら、力強く拳を木の板に落とした。
ガコッと音がして、サラはつい「いたっ」と自分のことのように言葉をもらしてしまった。
「そんなのがあったら神様だっていて、無情な貴族様に罰を与えてくださるだろう。でも、ずかずかと俺の家を訪れた辺境伯の騎士団は、引き受けないと罪状をつくって引っ張ってやるぞと脅した」
「そんな……!」
なんて、むごいことを。
サラは彼に『助けて』なんて言えなくなった。
自分のずっと続いている不幸に、そしてその最後に彼を巻き込んではいけないと感じたから。
「金髪とか金目とかだから、貴族様は嫌がったんだろう」
「私が……邪魔だから?」
「ああ、そうだろうな」
悲しげに確認したサラに、男が何かを引っ張り出しながら神妙な声で言う。
「あんたは他国に嫁いだことになってる。相手は誰にも知らされないがな。だがソレで王侯貴族たちは『きちんと処分してくれた』と察し、辺境伯とその一族を評価するんだろうよ」
「そんな……」
「金色の髪と瞳に不思議な力が宿るなんて、おとぎ話だよ。魔法なんて、存在していない」
男がこちらを向いた。
彼の手には、一つのリュックタイプの鞄があった。それを、無言でずいっと差し出される。
(騎士がチェックした際に見つからないように、隠していたの……?)
改造された荷台の隠し場所をちらりと見て、男へと視線を戻す。
彼の目に殺気はない。おずおずと両手を差し出せば、彼はサラの腕に鞄を抱えさせた。
「しっかり持つんだ。君くらいでも持てる重さにしてある。背負い方はわかるか?」
「わ、わかります」
でも、どうして、と思って戸惑い見上げる。
視線がぶつかると、男が悩ましげに眉を寄せた。
「ここで殺してあげるのが優しさなんだろう。獣に食われる方が惨い……だが……すまない、俺にはできない。俺には、君くらいの年の娘がいる」
「……だから、危険を冒してまで荷物を用意してくださったのですか?」
彼が難しそうな顔をしたまま、浅くうなずく。
「俺は一流の狩人だ。けど、人間は殺さない」
「狩人さん……」
「ましてや成人もしていない子供なんて」
ああ、神よ、と狩人が目を固く閉じて祈りの言葉を唱えた。
育てる義務がある子供を捨てる。
それは罪深いことだった。一人で生きられるようになるまで育てる義務がある。
「なんと、罪深いことだ」
狩人の呻きにサラは察した。
国王がそれを認めているから、バルクス家は貴族としてその重罪さえ免れることができるのだ。そして、すべての貴族が自分を排除したかったことを悟った。
令嬢としてあそこにいても、味方などいない。
誰もが敵だった。迷惑をかけないようにして、ただ一生懸命生きようとしただけなのに――。
「立ち止まるな、お嬢ちゃん。パニックになって思考を止めてしまうのもだめだ」
うつむき黙り込んだサラに、狩人が言いながら鞄を背負わせた。
時間がないのだろう。早口でどんどん話していく。
「生きるためには『立ち止まらないこと』だ。貴族と違って、俺たちは常に自分で自分を守らなきゃならない」
「はい」
「それから、自分のことだけ考えてはだめだ。何かを与えれば、それは返ってくる。逆に与えられたら、何かを返すんだ。そうしていると、おのずとその土地の人たちの一員になれる。血がつながっていなくても、国籍が違っていても“仲間”になれる。わかるか?」
「はい、わかります」
初めて父の言葉を聞くような心境になって、サラは落ち着いてうなずき返した。
彼がそのいかつい顔に、わずかながら笑みを浮かべた。
「この荷物を持っていると庶民姿も完璧だ、旅をして歩いていてもあやしまれない」
狩人のその作り笑いは、とても申し訳なさそうな、泣きそうな、胸を痛めている表情だとサラはわかった。
「…………そう、見えますか?」
傷ついてほしくなくて、どうにか笑みを浮かべてみせた。
狩人は「ああ」と答えたのち、表情を引き締めた。
「森の外を騎士団が監視のためうろついてる。それがいなくなった頃に、森から出て、一番近い国境の〝橋〟を目指せ。鞄の中には髪色を隠すためのカツラも入ってる」
サラは、指を差して説明した彼に涙をこらえた。
「恐ろしい場所なのはわかってる。けど、生き延びて、幸せを勝ち取ってほしい」
「はい」
「国を脱出して、どうかたくましく生きてくれ」
サラはぐすっと涙を拭って「わかりました」と答えた。
彼のために、生きてみよう。
まずはそう決意を固めることにした。
人は、一つでも強い意志があれば足は進む。そのあとのことは、次の行動に移った時に考えればいい――。
どうにかなると思っていた数時間前の自分を思い返すと、すごく恥ずかしい。
サラは今“鉄格子”を両手に掴み、しくしくと静かに泣いていた。
どうやら令嬢生活以外したことがなかった自分には、騎士団との心理戦やサバイバルなど不向きだったみたいだ。
狩人と別れたあと、サラは森の浅い場所で待機して、国境を守っている父の騎士団がいなくなったら脱出し、別の場所から国境越えを目指すはずだった。
……のだが、サラは森をさらに深く進んでしまっていた。
「新しい商品たちが到着だ!」
「さあ売り込むぞ!」
通りに並んだテント状の店々の中の一つに、サラは今いた。
そこは古くさいにおいがする大きなテント式の屋根があるだけの店で、地面に直接置かれた複数の檻、すなわち商品コーナーを眺めるようにして、道を行き交っている人たちの目がたまにこちらを向いた。その者たちは“獣の目”をしている。
サラは、その商品コーナーの檻の一つにいた。珍しい“人間”だからと言われて、複数の檻の一番前の列の中央に置かれた。
そして彼女の左右、そして後ろや斜め後ろにも、同じように檻に一人ずつ入れられている子供たちの姿があった。
(ま、まさかの……人身売買のためにさらわれてしまったわ……)
前途多難だ。生き延びさせるため色々と考えてくれただろうに、狩人に申し訳がなさすぎた。
どうして、こうも不幸なのか。たぶん、この髪色のせいだ。
突然の事態に見舞われ、サラは途方に暮れていた。
(ああ、あぁ、こんなことって……)
馬車の揺れを感じながら、車窓から見える濃い緑色の植物群に怯えた。
長女マーガリーの結婚が決まった。バルクス家には娘しかいなかったので跡取り婿を迎え入れる必要があり、それをバフウット卿が快く了承してくれたのだ。
うまくまとまった見合いに、その日姉も頬を染めてうれしがっていた。
見合いが行われて数日後には、両家の婚約が成立した。
そして家族が喜んでいるのを遠くからサラが見かけたその日――家族は、サラを捨てることを決めたようだ。
それがわかったのが、挙式の日取りが決まったと知らせを受けた今日だった。
捨てる理由は『跡取り婿を迎えたのに、お前のせいで男の子が生まれなかったら困るから』――だそうだ。
サラは、午前中にあれよあれよという間に初めて見る貴族のものではない馬車に詰め込まれ、出荷されるがごとく国境へと運ばれた。
しかも雇われたその馬車が向かった先は、人の手がいっさい入ったことがない、深い森に覆われた最も恐ろしい国境だった。
サラは、辺境伯の娘としてよく知っているそこに震え上がらずにはいられない。
このエルバラン王国は、実りに恵まれて水も豊かで、ほぼ海に囲まれていた。
隣国とは橋でつながっているわけだが、唯一、アーバンガルド大陸とは陸続きになっている。
それが、バルクス家の領地に存在している森にあるこの国境だ。
――異形の地の入り口。
未開の地であるとして、そう呼ばれていた。
バルクス辺境伯がこの国境を守るように王命を受け、門番のように騎士団を監視にあたらせている危険な国境だ。
この森の向こうには、人間以外の者たちが暮らしている広大な土地が広がっている。
この国で、魔女に続いて有名な、恐ろしい【獣人】と呼ばれている人外の種族と、未知の恐ろしい動物ばかりが暮らしているという国だ。
――ガドルフ獣人皇国。
彼らの土地には、恐ろしい生き物がたくさんいるとか。
人間たちは彼らにいっさい手を出さないこと、彼らは無断で人間の国に入らないことを大前提として平和条約を結び、二つの国は互いに国交がないまま隣り合っていた。
国内に入った人間の命は保証しない。
それもまた、ガドルフ獣人皇国から出されていた平和条約の条件の一つだ。
それをいいことに、処刑の一環のごとく不要な人間をそこに捨てるのだと子供たちは恐ろしい寝物語として聞かされた。
侵入も禁じて辺境伯の騎士団が置かれているので、現実にはあり得ない話だった。
――だが、それがサラの身には現実になってしまったのだ。
「さあ、降りろ」
明らかに御者業ではなさそうな男が、狩猟銃を担いだままサラを下車させる。
足元に大自然の植物が触れた。見たことがない形の濃い緑の植物で、足が委縮する。サラの今の服がドレスではなく、使用人が出勤する前まで着ているような庶民のスカートだったからだ。
動きやすい町娘の衣装なのはありがたいが、荷物はない。
それは死ぬとわかってのことだろう。
「ど、どうして、ここなんですか?」
サラは絶望感に震えた。ここまでもずっとこらえ続けてきたのに、つい涙目になって彼を見た。狩猟銃を背負った男は、無常にも後ろ姿を見せていた。
「生きていると、あんたの〝呪い〟が解けないからだそうだ」
彼は答えながらも、馬車のトランクを開けていた。
「そ、そんなことしていません」
家族は本気で、家に男の子が生まれなかったのはサラのせいだと決めつけていたのか。そこにもショックを受けて視線が下がっていく。
「私、魔法なんて……使えません……」
うつむいたせいで細い声はどんどんしぼんだ。
心底嫌われていたという事実に、家族への最後のつながりも切れるのを感じた。
同時に――自分の口から出した“嘘”が、胸に痛い。
すると意外な言葉が返ってきて、サラはハッと顔を上げた。
「ああ、知っているよ。不思議な力だとか、呪いだとか、全部迷信だ」
男は荷台の荷物を全部どかしたところだった。言いながら、力強く拳を木の板に落とした。
ガコッと音がして、サラはつい「いたっ」と自分のことのように言葉をもらしてしまった。
「そんなのがあったら神様だっていて、無情な貴族様に罰を与えてくださるだろう。でも、ずかずかと俺の家を訪れた辺境伯の騎士団は、引き受けないと罪状をつくって引っ張ってやるぞと脅した」
「そんな……!」
なんて、むごいことを。
サラは彼に『助けて』なんて言えなくなった。
自分のずっと続いている不幸に、そしてその最後に彼を巻き込んではいけないと感じたから。
「金髪とか金目とかだから、貴族様は嫌がったんだろう」
「私が……邪魔だから?」
「ああ、そうだろうな」
悲しげに確認したサラに、男が何かを引っ張り出しながら神妙な声で言う。
「あんたは他国に嫁いだことになってる。相手は誰にも知らされないがな。だがソレで王侯貴族たちは『きちんと処分してくれた』と察し、辺境伯とその一族を評価するんだろうよ」
「そんな……」
「金色の髪と瞳に不思議な力が宿るなんて、おとぎ話だよ。魔法なんて、存在していない」
男がこちらを向いた。
彼の手には、一つのリュックタイプの鞄があった。それを、無言でずいっと差し出される。
(騎士がチェックした際に見つからないように、隠していたの……?)
改造された荷台の隠し場所をちらりと見て、男へと視線を戻す。
彼の目に殺気はない。おずおずと両手を差し出せば、彼はサラの腕に鞄を抱えさせた。
「しっかり持つんだ。君くらいでも持てる重さにしてある。背負い方はわかるか?」
「わ、わかります」
でも、どうして、と思って戸惑い見上げる。
視線がぶつかると、男が悩ましげに眉を寄せた。
「ここで殺してあげるのが優しさなんだろう。獣に食われる方が惨い……だが……すまない、俺にはできない。俺には、君くらいの年の娘がいる」
「……だから、危険を冒してまで荷物を用意してくださったのですか?」
彼が難しそうな顔をしたまま、浅くうなずく。
「俺は一流の狩人だ。けど、人間は殺さない」
「狩人さん……」
「ましてや成人もしていない子供なんて」
ああ、神よ、と狩人が目を固く閉じて祈りの言葉を唱えた。
育てる義務がある子供を捨てる。
それは罪深いことだった。一人で生きられるようになるまで育てる義務がある。
「なんと、罪深いことだ」
狩人の呻きにサラは察した。
国王がそれを認めているから、バルクス家は貴族としてその重罪さえ免れることができるのだ。そして、すべての貴族が自分を排除したかったことを悟った。
令嬢としてあそこにいても、味方などいない。
誰もが敵だった。迷惑をかけないようにして、ただ一生懸命生きようとしただけなのに――。
「立ち止まるな、お嬢ちゃん。パニックになって思考を止めてしまうのもだめだ」
うつむき黙り込んだサラに、狩人が言いながら鞄を背負わせた。
時間がないのだろう。早口でどんどん話していく。
「生きるためには『立ち止まらないこと』だ。貴族と違って、俺たちは常に自分で自分を守らなきゃならない」
「はい」
「それから、自分のことだけ考えてはだめだ。何かを与えれば、それは返ってくる。逆に与えられたら、何かを返すんだ。そうしていると、おのずとその土地の人たちの一員になれる。血がつながっていなくても、国籍が違っていても“仲間”になれる。わかるか?」
「はい、わかります」
初めて父の言葉を聞くような心境になって、サラは落ち着いてうなずき返した。
彼がそのいかつい顔に、わずかながら笑みを浮かべた。
「この荷物を持っていると庶民姿も完璧だ、旅をして歩いていてもあやしまれない」
狩人のその作り笑いは、とても申し訳なさそうな、泣きそうな、胸を痛めている表情だとサラはわかった。
「…………そう、見えますか?」
傷ついてほしくなくて、どうにか笑みを浮かべてみせた。
狩人は「ああ」と答えたのち、表情を引き締めた。
「森の外を騎士団が監視のためうろついてる。それがいなくなった頃に、森から出て、一番近い国境の〝橋〟を目指せ。鞄の中には髪色を隠すためのカツラも入ってる」
サラは、指を差して説明した彼に涙をこらえた。
「恐ろしい場所なのはわかってる。けど、生き延びて、幸せを勝ち取ってほしい」
「はい」
「国を脱出して、どうかたくましく生きてくれ」
サラはぐすっと涙を拭って「わかりました」と答えた。
彼のために、生きてみよう。
まずはそう決意を固めることにした。
人は、一つでも強い意志があれば足は進む。そのあとのことは、次の行動に移った時に考えればいい――。
どうにかなると思っていた数時間前の自分を思い返すと、すごく恥ずかしい。
サラは今“鉄格子”を両手に掴み、しくしくと静かに泣いていた。
どうやら令嬢生活以外したことがなかった自分には、騎士団との心理戦やサバイバルなど不向きだったみたいだ。
狩人と別れたあと、サラは森の浅い場所で待機して、国境を守っている父の騎士団がいなくなったら脱出し、別の場所から国境越えを目指すはずだった。
……のだが、サラは森をさらに深く進んでしまっていた。
「新しい商品たちが到着だ!」
「さあ売り込むぞ!」
通りに並んだテント状の店々の中の一つに、サラは今いた。
そこは古くさいにおいがする大きなテント式の屋根があるだけの店で、地面に直接置かれた複数の檻、すなわち商品コーナーを眺めるようにして、道を行き交っている人たちの目がたまにこちらを向いた。その者たちは“獣の目”をしている。
サラは、その商品コーナーの檻の一つにいた。珍しい“人間”だからと言われて、複数の檻の一番前の列の中央に置かれた。
そして彼女の左右、そして後ろや斜め後ろにも、同じように檻に一人ずつ入れられている子供たちの姿があった。
(ま、まさかの……人身売買のためにさらわれてしまったわ……)
前途多難だ。生き延びさせるため色々と考えてくれただろうに、狩人に申し訳がなさすぎた。
どうして、こうも不幸なのか。たぶん、この髪色のせいだ。