双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~
1、国王陛下の再婚相手に抜擢されました
遡ること、二カ月前。
風の暖かさに、春の訪れを感じる午後のことだった。
庭園にしゃがみ込んで魔草の植え替えをしていた私は、異母妹カトリーヌのうんざりした声に手を止めた。
「お母様、いつまであの気味の悪い黒髪令嬢を屋敷に置いておくの?」
見ると、サロンの窓が開け放たれており、声はそこから聞こえてくる。
「早く追い出してほしいわ」
――追い出すって、私を?
とっさに窓の下まで近付いて、聞き耳を立てた。カトリーヌが苛立った声で続ける。
「ジュリアお姉様はもう二十歳、私だって十六歳よ。お姉様のせいで私まで嫁き遅れるわ」
女性の結婚年齢は十八歳が目安とされているこの国で、確かに私は嫁き遅れかもしれない。
――だけど、まさかカトリーヌにそんな風に思われていたなんて。
好かれていないとはわかっていたけれど、そこまではっきり言葉にされるとショックだった。固まっていると、ミレーヌお義母様のため息まじりの返事が聞こえる。
「でも、あの黒髪でしょう。もらい手がないのよ。旦那様はあんなに綺麗な栗色の髪なのに、どうしてあの子は真っ黒なのかしら」
言いながら、お義母様がご自身のピンクブロンドの髪をかき上げる姿が目に浮かんだ。同じ髪色のカトリーヌが向かい側で頷いているのも想像がつく。
自分たちの髪色を自慢しながら、私の黒髪を貶(けな)すのがふたりの日常だから。
――だけど、今さらどうしてって言われても。
私は視線を落として、自分の髪をまじまじと眺めた。五歳の時に亡くなったソニアお母様にも、父にも似ていない黒髪がそこにある。
この国では魔力の系統は髪色に遺伝すると言われており、ほとんどの人が攻撃魔法の赤系の髪か、防御魔法の茶系の髪の持ち主だ。
例外はふたつだけ。
『王族の金髪』と『悪魔|《ディアブル》の黒髪』だ。
王族の中でも髪色が金の人は、特殊魔法が使えるらしい。この国が平和なのは、『王族の金髪』のおかげだとまで言われていた。今の国王陛下も見事な金髪だと聞いている。
一方、黒髪はその逆だ。
髪色が黒の人も特殊魔法が使えることが多いのだが、歴代の黒髪の主がことごとくそれを悪用したため、黒髪というだけで嫌われるようになった。
有名なのは、三百年ほど前に実在したと言われる『黒髪男爵』だ。
特殊能力で空を飛ぶことができた黒髪男爵は、見下ろす景色すべてを自分のものにしたいと欲を出し、ついに空中から王都を攻撃した。だが宮廷の守りは固く、力尽きて地面に降りたところを捕えられ、処刑された。
その百年ほど後に登場した『黒髪詐欺師』も悪名高い。
他人を魅了する特殊能力を持っていた黒髪の詐欺師は、その力で宮廷の高官にまで登り詰めて私腹を肥やしていた。しかし、おかしいと思った当時の王に魅了の能力を見抜かれ、やはり処刑されたそうだ。この時は、騙された貴族たちも責任を取って大勢辞職したらしい。
そのふたり以外にもたくさんの黒髪の持ち主が特殊能力を悪用して、最終的には捕まっていた。ただ、どの記録にも、本人たちの言い分は記されていない。
そんなことを思いながら、私は自分の黒髪をひと房手にする。
光を吸い取るような黒。どんな闇夜よりも濃く、なにもかも吸収するような漆黒の髪。
どんなに濃い茶髪も私の黒髪と違って光を跳ね返す。艶がある。だが私にはない。
――忘れもしない、今から十五年前。
『まあ、本当に真っ黒なのね。魔力はないって本当?』
初対面のミレーヌお義母様は、五歳の私の黒髪を見るなりそう言って眉を寄せた。その腕には一歳のカトリーヌが抱かれている。正妻であるお母様が亡くなったので、父はミレーヌお義母様とカトリーヌを屋敷に呼び寄せたのだ。
お母様が生きていた頃から父が外に家庭を持っていたことを、私はこの時初めて知った。
『ああ、特殊能力もない』
父の言葉に、お義母様はため息をついた。
『じゃあ、害はないだけまだマシかしら』
『まあ、適当に頼むよ』
そう言って父は私の目の前でバタンと扉を閉めた。私はひとり廊下に取り残され――今でもそれは続いている。
家のことをミレーヌお義母様に一任した父は、その後、私に対して無関心を貫いた。黒髪の私にミレーヌお義母様が優しくするはずもなく、機嫌次第で食事を抜かれたり、怒鳴られたり、屋根裏に閉じ込められたりする日々が始まった。
庭師のドニや家庭教師のグラシア先生、乳母のネリーにメイドのサニタなど、ごく少数の人たちに助けられ、私はなんとか生き延びた。
――だけど、カトリーヌまで私を追い出そうとしていたなんて。
風の暖かさに、春の訪れを感じる午後のことだった。
庭園にしゃがみ込んで魔草の植え替えをしていた私は、異母妹カトリーヌのうんざりした声に手を止めた。
「お母様、いつまであの気味の悪い黒髪令嬢を屋敷に置いておくの?」
見ると、サロンの窓が開け放たれており、声はそこから聞こえてくる。
「早く追い出してほしいわ」
――追い出すって、私を?
とっさに窓の下まで近付いて、聞き耳を立てた。カトリーヌが苛立った声で続ける。
「ジュリアお姉様はもう二十歳、私だって十六歳よ。お姉様のせいで私まで嫁き遅れるわ」
女性の結婚年齢は十八歳が目安とされているこの国で、確かに私は嫁き遅れかもしれない。
――だけど、まさかカトリーヌにそんな風に思われていたなんて。
好かれていないとはわかっていたけれど、そこまではっきり言葉にされるとショックだった。固まっていると、ミレーヌお義母様のため息まじりの返事が聞こえる。
「でも、あの黒髪でしょう。もらい手がないのよ。旦那様はあんなに綺麗な栗色の髪なのに、どうしてあの子は真っ黒なのかしら」
言いながら、お義母様がご自身のピンクブロンドの髪をかき上げる姿が目に浮かんだ。同じ髪色のカトリーヌが向かい側で頷いているのも想像がつく。
自分たちの髪色を自慢しながら、私の黒髪を貶(けな)すのがふたりの日常だから。
――だけど、今さらどうしてって言われても。
私は視線を落として、自分の髪をまじまじと眺めた。五歳の時に亡くなったソニアお母様にも、父にも似ていない黒髪がそこにある。
この国では魔力の系統は髪色に遺伝すると言われており、ほとんどの人が攻撃魔法の赤系の髪か、防御魔法の茶系の髪の持ち主だ。
例外はふたつだけ。
『王族の金髪』と『悪魔|《ディアブル》の黒髪』だ。
王族の中でも髪色が金の人は、特殊魔法が使えるらしい。この国が平和なのは、『王族の金髪』のおかげだとまで言われていた。今の国王陛下も見事な金髪だと聞いている。
一方、黒髪はその逆だ。
髪色が黒の人も特殊魔法が使えることが多いのだが、歴代の黒髪の主がことごとくそれを悪用したため、黒髪というだけで嫌われるようになった。
有名なのは、三百年ほど前に実在したと言われる『黒髪男爵』だ。
特殊能力で空を飛ぶことができた黒髪男爵は、見下ろす景色すべてを自分のものにしたいと欲を出し、ついに空中から王都を攻撃した。だが宮廷の守りは固く、力尽きて地面に降りたところを捕えられ、処刑された。
その百年ほど後に登場した『黒髪詐欺師』も悪名高い。
他人を魅了する特殊能力を持っていた黒髪の詐欺師は、その力で宮廷の高官にまで登り詰めて私腹を肥やしていた。しかし、おかしいと思った当時の王に魅了の能力を見抜かれ、やはり処刑されたそうだ。この時は、騙された貴族たちも責任を取って大勢辞職したらしい。
そのふたり以外にもたくさんの黒髪の持ち主が特殊能力を悪用して、最終的には捕まっていた。ただ、どの記録にも、本人たちの言い分は記されていない。
そんなことを思いながら、私は自分の黒髪をひと房手にする。
光を吸い取るような黒。どんな闇夜よりも濃く、なにもかも吸収するような漆黒の髪。
どんなに濃い茶髪も私の黒髪と違って光を跳ね返す。艶がある。だが私にはない。
――忘れもしない、今から十五年前。
『まあ、本当に真っ黒なのね。魔力はないって本当?』
初対面のミレーヌお義母様は、五歳の私の黒髪を見るなりそう言って眉を寄せた。その腕には一歳のカトリーヌが抱かれている。正妻であるお母様が亡くなったので、父はミレーヌお義母様とカトリーヌを屋敷に呼び寄せたのだ。
お母様が生きていた頃から父が外に家庭を持っていたことを、私はこの時初めて知った。
『ああ、特殊能力もない』
父の言葉に、お義母様はため息をついた。
『じゃあ、害はないだけまだマシかしら』
『まあ、適当に頼むよ』
そう言って父は私の目の前でバタンと扉を閉めた。私はひとり廊下に取り残され――今でもそれは続いている。
家のことをミレーヌお義母様に一任した父は、その後、私に対して無関心を貫いた。黒髪の私にミレーヌお義母様が優しくするはずもなく、機嫌次第で食事を抜かれたり、怒鳴られたり、屋根裏に閉じ込められたりする日々が始まった。
庭師のドニや家庭教師のグラシア先生、乳母のネリーにメイドのサニタなど、ごく少数の人たちに助けられ、私はなんとか生き延びた。
――だけど、カトリーヌまで私を追い出そうとしていたなんて。