双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~
ふたりの会話はまだ続く。
「お姉様の実の母親も黒髪じゃなかったんでしょう?」
「ええ。無難な茶髪で土魔法の使い手だったらしいわ。まあ、私たちの火魔法に比べたら大したことなかったでしょうけど」
「だったらなぜ」
「わからないわ。旦那様は母親の不貞を疑ったそうだけど、神殿で自白の魔法をかけてまで潔白を証明したらしいの」
「本当、忌々しいわね」
窓の外側にしゃがみ込んだ私は、自分の髪から目を離してため息をついた。
「……なによ」
黒髪で生まれたのは私のせいでもソニアお母様のせいでもない。私は父と母の娘、それだけだ。
――それなのに。
「もらい手がないってことは、ずっとこの家にいるっていうの?」
カトリーヌの声はますます尖った。
「私にいい縁談が少ないのはお姉様のせいなのに! 本当に邪魔ね!」
贅沢が好きなカトリーヌは玉の輿を狙っていた。なかなかいい話が来ないのは、私のせいだと思ったのかもしれない。
でも、と私は内心首をひねる。
――カトリーヌの場合、高飛車すぎる態度も問題なんじゃないかしら。
大抵の催し物(イベント)に参加させてもらえない私だったが、王室主催の夜会に一度だけ出席したことがある。高位貴族の子女は全員参加だったのだ。
余計なことはしないようにと言われ、大人しく壁の花になっていたのだが、そんな私が遠目から見ているだけでもカトリーヌの印象は悪かった。近寄る男性たちを明らかに値踏みして、馬鹿にしたように断るのだ。
しかし、ミレーヌお義母様はカトリーヌに全面的に同意する。
「そうね、あの子のせいよ。あなたはこんなにかわいいもの。あの子以外に理由なんてないわ」
私がげんなりしていると、カトリーヌは甘えたような声を出した。
「ねえ、お母様」
内容は全然甘くなかったけれど。
「お姉様を北の修道院に放り込めないかしら」
――なんですって!?
さすがのお義母様も驚いた声で答える。
「北の? あそこは罪を犯した人が行くところじゃない」
カトリーヌは動じない。
「別にいいじゃない。罪なんてでっちあげれば」
「カトリーヌ。あなた……そこまで思い詰めていたの?」
「もう、見るのも嫌なのよ。あの鬱(うっ)陶(とう)しい黒髪」
「なんてこと……」
ミレーヌお義母様の声が低くなった。
「あなたにそんな風に思わせるジュリアが許せないわ……」
――私のせいなの?
お義母様は容赦なく続ける。
「わかったわ。ジュリアを北の修道院に入れるよう旦那様に話しましょう。理由なんてなんとでもなるわ」
「嬉しい!」
窓の向こうのふたりがひしっと抱き合っているのが見えるようだった。
――冗談じゃない。なにも悪いことをしていないのに、極寒の修道院に閉じ込められるなんて。
私は足元の魔草を見つめて、頷く。
――やっぱり、あの計画しかないわね。
私だって、合理的にこの家を出る方法を探していた。準備を少し前倒しにしてでも、実行する時期が来たと思おう。
――うまくいきますように。
強く祈りすぎた私は迂(う)闊(かつ)にも、一瞬だけ今自分がどこでなにをしているのかを忘れてしまった。
だから。
「風が出てきたわね」
「窓を閉めましょうか」
その会話の意味を理解するのが少し遅れた。頭上に影を感じて顔を上げると、揺れるピンクブロンドが目に入る。次いで目を見開いたカトリーヌが。
「そんなところで、なにしているの!?」
――見つかった!
カトリーヌは大きく息を吸い込んで叫んだ。
「お母様! お姉様が盗み聞きしているわ!」
「違う、違うわ!」
私は慌てて立ち上がったが、ずっと座っていたため、視界が狭まって暗くなるのを感じる。
――立ちくらみ! こんな時に!
目を閉じたがそれでも倒れそうになり、急いで両足を踏ん張った。
「きゃあああああ!」
ただ、それだけなのに、カトリーヌが怯えたように金切り声をあげる。
「なにするつもり! やめて!」
「カトリーヌ、どうしたの!?」
部屋の奥からミレーヌお義母様の声がした。
「ジュリア! あなた、またなにかしでかしたの!?」
ゆっくりと目を開けると、案の定、ミレーヌお義母様は私を睨みつけていた。
「立ちくらみを起こしただけです。それで目を瞑(つむ)っていたら――」
「違うわ! 悪魔のダンスよ! 悪魔のダンスを踊っていたの」
「なんてこと……カトリーヌ。もう大丈夫よ」
――いつもこうだ。
私がちょっと動くだけで、なにか企んでいると思い込まれる。理由を説明したくても聞いてはもらえない。
お義母様は庇(かば)うようにカトリーヌの肩を抱いた。
「もう、いつも言っているでしょう! 黒髪なんだから、おとなしくしていなさいって!」
「……はい、気を付けます」
「お姉様の実の母親も黒髪じゃなかったんでしょう?」
「ええ。無難な茶髪で土魔法の使い手だったらしいわ。まあ、私たちの火魔法に比べたら大したことなかったでしょうけど」
「だったらなぜ」
「わからないわ。旦那様は母親の不貞を疑ったそうだけど、神殿で自白の魔法をかけてまで潔白を証明したらしいの」
「本当、忌々しいわね」
窓の外側にしゃがみ込んだ私は、自分の髪から目を離してため息をついた。
「……なによ」
黒髪で生まれたのは私のせいでもソニアお母様のせいでもない。私は父と母の娘、それだけだ。
――それなのに。
「もらい手がないってことは、ずっとこの家にいるっていうの?」
カトリーヌの声はますます尖った。
「私にいい縁談が少ないのはお姉様のせいなのに! 本当に邪魔ね!」
贅沢が好きなカトリーヌは玉の輿を狙っていた。なかなかいい話が来ないのは、私のせいだと思ったのかもしれない。
でも、と私は内心首をひねる。
――カトリーヌの場合、高飛車すぎる態度も問題なんじゃないかしら。
大抵の催し物(イベント)に参加させてもらえない私だったが、王室主催の夜会に一度だけ出席したことがある。高位貴族の子女は全員参加だったのだ。
余計なことはしないようにと言われ、大人しく壁の花になっていたのだが、そんな私が遠目から見ているだけでもカトリーヌの印象は悪かった。近寄る男性たちを明らかに値踏みして、馬鹿にしたように断るのだ。
しかし、ミレーヌお義母様はカトリーヌに全面的に同意する。
「そうね、あの子のせいよ。あなたはこんなにかわいいもの。あの子以外に理由なんてないわ」
私がげんなりしていると、カトリーヌは甘えたような声を出した。
「ねえ、お母様」
内容は全然甘くなかったけれど。
「お姉様を北の修道院に放り込めないかしら」
――なんですって!?
さすがのお義母様も驚いた声で答える。
「北の? あそこは罪を犯した人が行くところじゃない」
カトリーヌは動じない。
「別にいいじゃない。罪なんてでっちあげれば」
「カトリーヌ。あなた……そこまで思い詰めていたの?」
「もう、見るのも嫌なのよ。あの鬱(うっ)陶(とう)しい黒髪」
「なんてこと……」
ミレーヌお義母様の声が低くなった。
「あなたにそんな風に思わせるジュリアが許せないわ……」
――私のせいなの?
お義母様は容赦なく続ける。
「わかったわ。ジュリアを北の修道院に入れるよう旦那様に話しましょう。理由なんてなんとでもなるわ」
「嬉しい!」
窓の向こうのふたりがひしっと抱き合っているのが見えるようだった。
――冗談じゃない。なにも悪いことをしていないのに、極寒の修道院に閉じ込められるなんて。
私は足元の魔草を見つめて、頷く。
――やっぱり、あの計画しかないわね。
私だって、合理的にこの家を出る方法を探していた。準備を少し前倒しにしてでも、実行する時期が来たと思おう。
――うまくいきますように。
強く祈りすぎた私は迂(う)闊(かつ)にも、一瞬だけ今自分がどこでなにをしているのかを忘れてしまった。
だから。
「風が出てきたわね」
「窓を閉めましょうか」
その会話の意味を理解するのが少し遅れた。頭上に影を感じて顔を上げると、揺れるピンクブロンドが目に入る。次いで目を見開いたカトリーヌが。
「そんなところで、なにしているの!?」
――見つかった!
カトリーヌは大きく息を吸い込んで叫んだ。
「お母様! お姉様が盗み聞きしているわ!」
「違う、違うわ!」
私は慌てて立ち上がったが、ずっと座っていたため、視界が狭まって暗くなるのを感じる。
――立ちくらみ! こんな時に!
目を閉じたがそれでも倒れそうになり、急いで両足を踏ん張った。
「きゃあああああ!」
ただ、それだけなのに、カトリーヌが怯えたように金切り声をあげる。
「なにするつもり! やめて!」
「カトリーヌ、どうしたの!?」
部屋の奥からミレーヌお義母様の声がした。
「ジュリア! あなた、またなにかしでかしたの!?」
ゆっくりと目を開けると、案の定、ミレーヌお義母様は私を睨みつけていた。
「立ちくらみを起こしただけです。それで目を瞑(つむ)っていたら――」
「違うわ! 悪魔のダンスよ! 悪魔のダンスを踊っていたの」
「なんてこと……カトリーヌ。もう大丈夫よ」
――いつもこうだ。
私がちょっと動くだけで、なにか企んでいると思い込まれる。理由を説明したくても聞いてはもらえない。
お義母様は庇(かば)うようにカトリーヌの肩を抱いた。
「もう、いつも言っているでしょう! 黒髪なんだから、おとなしくしていなさいって!」
「……はい、気を付けます」