双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~

 私とふたりきりの時、カトリーヌが黒髪で怯えたことはない。怖がるふりをしているだけなのだ。でも、お義母様がそれをわかってくれるとは思っていない。

 どうせなにを言っても、全部私が悪いことになる。関わりは最小限に越したことはない。

「ではこれで」

 そう思って立ち去ろうとしたが、簡単には解放してもらえなかった。

「待ってよ!」

 仕方なく振り返る。

「まだなにか?」

 カトリーヌは窓枠から身を乗り出して質問する。

「なにを話していたか聞いた?」

「いいえ。人がいることすら気付いていませんでした」

 無表情を装うくらいは私にだってできる。お義母様が明るく笑った。

「大丈夫よ、カトリーヌ。聞いていたらあんなに平気でいられるわけないもの」

「それもそうね」

 なにか話していたとバレバレの会話だが、深く追究するつもりはない。

「それでは失礼します」

 私は再び立ち去ろうとした。置き去りにした魔草を、後でこっそり回収しようと考えながら。

 だけどカトリーヌはしつこかった。

「話は終わってないわ!」

「なんですか?」

 もう一度振り返ると、カトリーヌは私の泥だらけの手を指差した。

「じゃあ、ここでなにしていたの?」

 私はわずかに眉を上げる。

「立ちくらむほど長い間座っていたんでしょう? 話も聞こえないほど、なにに夢中になっていたの?」

 ――なかなか鋭いところを突いてくるわね。

 感心している場合ではなかったのだが、そう思わざるを得なかった。

「あなた、やっぱり怪しいことをしていたの!?」

 やり取りを聞いていたお義母様が口を挟む。

「していません」

「言いなさいよ! お姉様!」

「……わかりました」

 私は、わざと泥だらけの両手を見えるようにして説明した。

「土魔法の練習に夢中になっていたんです」

 お義母様と顔を見合わせてから、カトリーヌが呟く。

「土魔法……? ひとりで?」

「ええ。ご存じの通り、私にはほとんど魔力がないでしょう? 少ない魔力でも上手に魔法が使えるように、訓練していたんです。どうでしょうか」

 私は魔力を絶妙な加減でコントロールして、両手の泥を地面に落とした。初歩的な『土の移動』だ。

「さすがお姉様ね。それくらいのちゃちな魔法で喜べるなんて」

 カトリーヌが小馬鹿にしたように笑った。

「黒髪のくせに余計なことしなくていいの。見ておきなさい……魔法を使うっていうのはこういうことよっ! 『フー()』!」

 人差し指を立てたカトリーヌは呪文を唱えると同時に、私の背後にそれを振りかざした。

 ぼわっ!と人の頭ほどの大きさの炎が空中に浮かんで消える。中級の火魔法だ。

 私は感心した表情を作った。

「なにもないところに炎を出すとはさすがですわ」

「わかればいいのよ」

「あなたはとにかく余計なことをしないように」

 ふたりは、口々にそう言った。

「わかりました。これからはしません」

 私はしおらしくも堂々と頷く。

「土、元通りにしておくのよ」

「はい」

 そう言うと、ミレーヌお義母様がパタン、と窓を閉めた。

 ――うまくごまかせたっ!

 窓ガラス越しにふたりがサロンを出ていくのを見届けた私は、踊れるなら本当に悪魔のダンスを踊りたいくらいホッとした。

 植え替え中の魔草が無事だったからだ。

 私のすることは全部気に入らないカトリーヌとお義母様だ。魔草の話をすれば、難癖をつけて根こそぎ処分していただろう。

「ドニのところに持っていこうっと」

 私は再び屈んで、よけておいた魔草をハンカチにそっと包む。

 魔草と普通の植物の違いは、見た目の毒々しさに加えて、魔力を帯びているかいないかだ。

 窓の下という微妙な日当たりが影響したのか、それは今まで見たことのない色のつぼみをつけていた。濃い茶色と黄緑色が混ざった、決してかわいいとは言えない色合いだが私にとっては宝物だ。

「おっと、土を元に戻さなきゃ」

 私は辺りに人がいないのをよく確かめてから、片手を軽く上げた。

「『ヌシュ(直れ)』」
 
 乱れた地面がそれだけで、元通り平らになる。

 私に魔力がないというのは、大嘘だった。
 
 むしろ人並み以上ある。
 
 魔法だって、土魔法と火魔法の両方に加えて特殊魔法の『予知』も使える。
 
 だけどそのことは庭師のドニと乳母のネリーしか知らない秘密だった。メイドのサニタとグラシア先生にすら教えていないのは、亡くなったソニアお母様との約束だったからだ。
 
 最期のお別れの時、お母様は私とふたりきりになったのを確認してから呟いた。

『これからも……魔力と、魔法は使えない……ふりをしていてね……ジュリア……ごめんね』

 私は細くなったお母様の手を握って、必死で返事をする。

『だいじょうぶ。わたし、できるわ、だからお母様はあんしんしてご病気をなおして?』

『ありがとう……あなたは……本当にいい子ね』

 そのまま息を引き取ったお母様との約束を、私は今でも守っている。

 
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