双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~

 そんなことを思い返しながら歩いていると、いつの間にか温室にたどり着いていた。

 扉を開けると、ドニが手を止めて迎えてくれる。

「ジュリア様。ようこそ」

 ドニはいつものフェルト帽をかぶり、いつでも植木の手入れができるようにゆったりした上着に道具入れを斜めがけしていた。

 私は作業台の隅にハンカチを広げて、さっきの魔草を見せる。

「ドニ、見て! 新しい仲間が増えたわ。小さなつぼみがついているの」

「おお、これは珍しい色味の花が咲きそうですな」

 そうでしょう、と私は自分のことのように誇らしげに答えた。

「サロンの北側の窓の下に自生していたの。日陰を好むのかもしれないわ」

「なるほど。庭園では見かけんはずです」

「これはどんな大きさのペルルを出すかしら……楽しみだわ」

 普通の植物が根から水を取り込むように、魔草は葉の表面から魔力を取り込む。

 ある程度取り込むと、魔草はその葉の表面に半透明のキラキラした露のようなものを放出した。私はそれをペルルと呼んでいる。真珠という意味だ。

 真珠ほど硬いわけではないが、見た目がキラキラしていて似ているのだ。

 飽和するまで魔力を吸ったペルルは、シャボン玉のように弾けて消えてしまうのだが、その様子は儚くて美しい。

 だけど、その存在は世間ではほとんど知られていない。そもそも、魔草自体人々の興味の範(はん)疇(ちゅう)になかった。繁殖率も高くないので、大多数の人の魔草への関心は雑草以下だ。

 気付けば私はドニの温室の片隅で、いろんな魔草を栽培して観察するようになっていた。はみ出し者の自分と重ねて親近感を抱いていたのかもしれない。でも、同じように見える魔草のちょっとずつ違うところを発見するだけで楽しかった。

「ジュリア様」

 ぼんやりと魔草を眺めていた私に、ドニが言う。

「これなら中くらいの鉢でよさそうですな。取ってくるので、ここでお待ちください」

「ありがとう」

「なあに。鉢くらいはまだまだ持てますぞ」

 今でこそ白髪になっているが、ドニの髪はもともと深みのある茶褐色だった。髪色が示す通り土魔法の熟練者で、私が生まれる前からこの屋敷で仕えている。

 その舞台裏とも言えるこの温室が、小さい頃から私の居場所だ。乳母のネリーが元気だった頃は、三人でよくここでお茶をした。ネリーが流行病で亡くなる十年前までそれは続いた。

 私が居場所を持つことをお義母様は気に入らないようだったが、父の自慢の庭園はドニのおかげで保たれていたので、お義母様がどんなにドニを辞めさせたくてもできなかった。

 植え込みを幾何学的に刈り込んだ迷路や、常に花が絶えない花壇、遠近感を利用してどこまでも続くように見える中庭など、ドニが手がける庭園は昔も今も宮廷庭師にも劣らない出来栄えだ。

「ちょうどいいのがありました。これに植え替えましょう」

 植木鉢を手にしたドニが戻る。

「楽しみね」

 植え替えの準備をしながら、私は呟いた。

「ドニ、そういえばこれから一週間は晴天が続くわ」

「……また悪夢を見たんですかい」

 ドニが沈んだ声を出したので、私は慌てて言い添える。

「大丈夫。今回は翼のついた魔獣に追いかけられる程度の悪夢だったから。翼があるのになぜか走って追いかけてくるのよ」

「……それでも安眠とはほど遠いでしょうに」

 私の予知は夢の形で現れるのだが、なぜか必ず悪夢とセットになっている。悪夢自体が予知の場合もあるのでややこしいところで、幼い頃の私はいつも混乱していた。

「もしかして、魔草が魔力を吸わなくなったんじゃないでしょうな」

 ドニが心配そうに呟いた。

「違うわ、ただ忘れていただけ」

「それならいいですが」

 魔草に魔力を吸わせた夜は、悪夢も予知も見なかった。もしかして悪夢自体、使わない魔力の暴走なのかもしれない。

 あるいは、魔草そのものに穏やかな眠りを授ける力があることも考えられる。

 ――わからない、知りたい。

 ふつふつと研究意欲を燃やしている私に、ドニが切り替えるように声をかけた。

「……晴天が続くなら、水をたっぷりやらなくてはいけませんね」

「そうね。あのね、ドニ」

 目の前の魔草から目を離さずに、私はドニに打ち明ける。

「私、植物園の求人に応募しようと思うの」

 かねてから考えていたことだったが、さっきのカトリーヌの言葉で決意したのだ。

 宮殿の近くにある王立植物園で研究者を募集していると、グラシア先生から手紙で聞いていた。歳を取って辞める人がひとりいるらしい。

 グラシア先生は、カトリーヌの家庭教師として一時期我が家に滞在していた元男爵令嬢で、私が黒髪であっても気にしないでいてくれた数少ない理解者のひとりだった。

 実家が没落してこの仕事を始めたと話してくれたことがある。

 多くのことを私に教えてくれた先生だったが、そのことがミレーヌお義母様に知られてしまい、クビになった。

 だけど、他のお屋敷で働くようになってからも、ドニを介してこっそりと手紙のやり取りを続けている。私宛てだとお義母様に隠されるかもしれないが、あちこちから種子や苗を取り寄せる許可を父から得ているドニなら、それに紛れて手紙を受け取ることが可能なのだ。

「ついに決めたのですな」
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