双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~
サニタと一緒に部屋に戻った私は、大慌てで洗いざらしの茶色のワンピースから流行遅れのくすんだ灰色のドレスに着替えた。王宮からの遣いに会うには質素すぎるが、他に着るものがないので仕方がない。アクセサリーも持っていないので少しでも印象がよくなるようにと、サニタに黒髪を大急ぎで梳(と)かしてもらう。
「失礼します」
大広間の中では、父とお義母様といつもより着飾ったカトリーヌが、宮廷からの使者様の前に立っていた。
父が咎めるように私に言う。
「遅いぞ、ジュリア。どこへ行っていた」
「申し訳ありません」
そう言われても、突然来たのは向こうだ。不満を顔に出さないように心がけて、父の隣に立つ。使者様がおもむろに私に話しかけた。
「初めまして。ジュリア様。マキシム・マルスランと申します」
「初め……まして」
元は騎士なのか、父より年上に見えるが、父よりがっしりとした体格のマルスラン様は、手にしていた文書を掲げていきなり言った。
「先ほどもロンサール伯爵にお伝えしたのですが、国王陛下は、ジュリア・レーヴ・ロンサール様を再婚相手にお望みです。つきましては、明朝、宮殿にお越しいただけないでしょうか」
――は? え? 宮殿? 明日?
私を含め、おそらくその場にいた全員が、頭の中を疑問でいっぱいにしていたと思う。
耐えかねたように父が言う。
「その、マルスラン卿」
「なんでしょうか、ロンサール伯爵」
「すまないが、もう一度だけ繰り返してくれないか。本当の本当に……国王陛下が、ジュリアを?」
父の掠れた声に重なるように、マルスラン様は繰り返した。
「これで三度目ですが、よろしいでしょう。国王陛下は、ジュリア・レーヴ・ロンサール様を再婚相手にお望みです」
大広間の隅から隅までその声は響き渡った。
「お望みなら四度目も繰り返しますが」
「あ、いや、十分だ」
「ではこれをどうぞ。ロンサール伯爵」
手渡された文書を、父はおずおずと手を伸ばして受け取る。
――えーっと? つまりさっきのは聞き間違いじゃない?
私の戸惑いは大きくなるばかりだ。
――国王陛下の、再婚相手に、私が望まれている? まさか。あり得ない。
右隣に視線を送ると、ミレーヌお義母様とカトリーヌが目を点にして固まっているのがわかった。
私以上に衝撃を受けているその様子にほんの少し同情する。いつも馬鹿にしている私が、国王陛下の再婚相手に抜擢されたのだから信じたくないのも無理はない。
――というか、本当になぜ私?
私としても、ただただ疑問が広がるばかりだ。
マルスラン様は返事を促すように、私を見据えている。有無を言わさない圧力になにかを言おうとしたが、なにをどう言えば適切なのか思いつかなかった。
助けを求めるように父に顔を向けると、まだ文書を読んでいた。
――お父様でさえこうなのだから、私が動揺しても仕方ないわよね。
変に納得していると、驚きから抜け出たのかミレーヌお義母様が父に問いかけた。
「あなた、本当にそこにジュリアの名前があるの?」
父は憔悴した口調で答える。
「間違いない。ジュリアと書いてある」
「ふふっ」
場違いとも言える笑い声がお義母様から漏れる。その場にいる全員がお義母様に注目した。
「それ、間違いですわ」
お義母様は手にした扇で口元を隠しながらそう告げる。マルスラン様の眉がぴくりと動いた。
「間違いとおっしゃいましたか?」
だけどお義母様は引かない。
「ええ。きっと妹のカトリーヌと勘違いなさったのでしょう」
「私? お姉様じゃなく?」
名前を呼ばれたカトリーヌが勢いよくお義母様に向き直る。弾みで、綺麗に整えられたカトリーヌのピンクブロンドが揺れた。
この先のお義母様の言葉を予想して、私は自分の腰まである黒髪に目を落とす。
「ええ、そうよ!」
案の定、お義母様は甲高い声で叫んだ。
「黒髪のジュリアが国王陛下に選ばれるわけないもの! カトリーヌの間違いよ!」「お言葉ですが、伯爵夫人」
マルスラン様は低い声でたしなめる。
「黒髪令嬢ことジュリア様を再婚相手に、とは国王陛下の仰せです。間違いではありません」
黒髪令嬢。それは確かに私のことだ。
知る限り、貴族令嬢で黒髪は私だけだったから。
「嘘よっ!」
カトリーヌが金切り声をあげたが、マルスラン様は素っ気なかった。
「嘘ではありません」
本当のことを言えば、私だって叫びたい。信じられないのは私も同じだ。
――私をなぜ、国王陛下が? 言葉を交わしたこともないのに。
四年前に王妃様を亡くされた国王陛下は、確かまだ三十歳にもなっていない。
噂では大層な美丈夫で、施政力に優れており、剣の腕も確かだそうだ。国境沿いの魔物は軒並み陛下が倒したと新聞で読んだことがある。
再婚相手を探していることは、カトリーヌとお義母様の話を漏れ聞いて知っていたが、なぜ私なのかまったくわからない。他に適切な令嬢はたくさんいるだろう。
それこそ、カトリーヌのような美しい髪色の。
「そこにはっきりと書いてあるのが見えませんか?」
しかしマルスラン様は念を押すように、文書を手にしている父に言った。父は観念するように呟く。
「書いてある……ジュリアと。……玉(ぎょく)璽(じ)もある」
「失礼します」
大広間の中では、父とお義母様といつもより着飾ったカトリーヌが、宮廷からの使者様の前に立っていた。
父が咎めるように私に言う。
「遅いぞ、ジュリア。どこへ行っていた」
「申し訳ありません」
そう言われても、突然来たのは向こうだ。不満を顔に出さないように心がけて、父の隣に立つ。使者様がおもむろに私に話しかけた。
「初めまして。ジュリア様。マキシム・マルスランと申します」
「初め……まして」
元は騎士なのか、父より年上に見えるが、父よりがっしりとした体格のマルスラン様は、手にしていた文書を掲げていきなり言った。
「先ほどもロンサール伯爵にお伝えしたのですが、国王陛下は、ジュリア・レーヴ・ロンサール様を再婚相手にお望みです。つきましては、明朝、宮殿にお越しいただけないでしょうか」
――は? え? 宮殿? 明日?
私を含め、おそらくその場にいた全員が、頭の中を疑問でいっぱいにしていたと思う。
耐えかねたように父が言う。
「その、マルスラン卿」
「なんでしょうか、ロンサール伯爵」
「すまないが、もう一度だけ繰り返してくれないか。本当の本当に……国王陛下が、ジュリアを?」
父の掠れた声に重なるように、マルスラン様は繰り返した。
「これで三度目ですが、よろしいでしょう。国王陛下は、ジュリア・レーヴ・ロンサール様を再婚相手にお望みです」
大広間の隅から隅までその声は響き渡った。
「お望みなら四度目も繰り返しますが」
「あ、いや、十分だ」
「ではこれをどうぞ。ロンサール伯爵」
手渡された文書を、父はおずおずと手を伸ばして受け取る。
――えーっと? つまりさっきのは聞き間違いじゃない?
私の戸惑いは大きくなるばかりだ。
――国王陛下の、再婚相手に、私が望まれている? まさか。あり得ない。
右隣に視線を送ると、ミレーヌお義母様とカトリーヌが目を点にして固まっているのがわかった。
私以上に衝撃を受けているその様子にほんの少し同情する。いつも馬鹿にしている私が、国王陛下の再婚相手に抜擢されたのだから信じたくないのも無理はない。
――というか、本当になぜ私?
私としても、ただただ疑問が広がるばかりだ。
マルスラン様は返事を促すように、私を見据えている。有無を言わさない圧力になにかを言おうとしたが、なにをどう言えば適切なのか思いつかなかった。
助けを求めるように父に顔を向けると、まだ文書を読んでいた。
――お父様でさえこうなのだから、私が動揺しても仕方ないわよね。
変に納得していると、驚きから抜け出たのかミレーヌお義母様が父に問いかけた。
「あなた、本当にそこにジュリアの名前があるの?」
父は憔悴した口調で答える。
「間違いない。ジュリアと書いてある」
「ふふっ」
場違いとも言える笑い声がお義母様から漏れる。その場にいる全員がお義母様に注目した。
「それ、間違いですわ」
お義母様は手にした扇で口元を隠しながらそう告げる。マルスラン様の眉がぴくりと動いた。
「間違いとおっしゃいましたか?」
だけどお義母様は引かない。
「ええ。きっと妹のカトリーヌと勘違いなさったのでしょう」
「私? お姉様じゃなく?」
名前を呼ばれたカトリーヌが勢いよくお義母様に向き直る。弾みで、綺麗に整えられたカトリーヌのピンクブロンドが揺れた。
この先のお義母様の言葉を予想して、私は自分の腰まである黒髪に目を落とす。
「ええ、そうよ!」
案の定、お義母様は甲高い声で叫んだ。
「黒髪のジュリアが国王陛下に選ばれるわけないもの! カトリーヌの間違いよ!」「お言葉ですが、伯爵夫人」
マルスラン様は低い声でたしなめる。
「黒髪令嬢ことジュリア様を再婚相手に、とは国王陛下の仰せです。間違いではありません」
黒髪令嬢。それは確かに私のことだ。
知る限り、貴族令嬢で黒髪は私だけだったから。
「嘘よっ!」
カトリーヌが金切り声をあげたが、マルスラン様は素っ気なかった。
「嘘ではありません」
本当のことを言えば、私だって叫びたい。信じられないのは私も同じだ。
――私をなぜ、国王陛下が? 言葉を交わしたこともないのに。
四年前に王妃様を亡くされた国王陛下は、確かまだ三十歳にもなっていない。
噂では大層な美丈夫で、施政力に優れており、剣の腕も確かだそうだ。国境沿いの魔物は軒並み陛下が倒したと新聞で読んだことがある。
再婚相手を探していることは、カトリーヌとお義母様の話を漏れ聞いて知っていたが、なぜ私なのかまったくわからない。他に適切な令嬢はたくさんいるだろう。
それこそ、カトリーヌのような美しい髪色の。
「そこにはっきりと書いてあるのが見えませんか?」
しかしマルスラン様は念を押すように、文書を手にしている父に言った。父は観念するように呟く。
「書いてある……ジュリアと。……玉(ぎょく)璽(じ)もある」