双子王子の継母になりまして嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~
マルスラン様は満足そうに頷いた。
「そうでしょう。間違いではございません。国王陛下は、再婚相手に、ジュリア様を、ご指名です」
ひと言ひと言、はっきりとマルスラン様は発音して繰り返す。そうでないとこの家の者を説得できないと思ったのかもしれない。
カトリーヌの唇が力なく動いた。
「私が黒髪に負けるなんて……」
勝負したつもりはないのだが、勝った気もしない。
「あの、ひとつ質問していいですか?」
私はマルスラン様に思い切って声をかけた。
「どうぞ、ジュリア様」
「たとえば再婚相手と書いて植物園と読む慣例はありませんか?」「なに言っているのよ、この子は」
ミレーヌお義母様がぎょっとしたように口を挟んだが、マルスラン様は動じず答える。
「読みません。再婚相手は再婚相手です」
――やっぱり。
私は諦めと驚きをなんとか同時に受け入れようとした。
「そうなんですか……では、間違いではないんですね。本当に私が国王陛下の再婚相手に?」
その問いかけを受諾と思ったのか、マルスラン様は私に向かってさっと跪(ひざまず)く。
「はい。おめでとうございます」
「えっと……ありがとうございます」
マルスラン様は顔を上げて、私と父の両方に話しかけた。
「それでは早速ではありますが、明日の朝一番にジュリア様とロンサール伯爵当主のおふたりで宮殿にお越しください。詳細はこちらに」
私たちの戸惑いをよそに、てきぱきと必要事項が告げられた。
「本当に、心当たりがないのね?」
「ありません」
マルスラン様が去った後の大広間で、私はお義母様たちに口々に質問された。
しかし、私にしてもなにも答えられることはない。
「本当にわからないんです。陛下はどなたかと勘違いしているのではないでしょうか」
あれほどマルスラン様が念を押してくれたにもかかわらず、そう言ってしまう。
だけど、それは他の皆も同じだった。
「どう考えても勘違いとしか思えないわ」
ミレーヌお義母様がイライラしたように呟く。
「まったくよ。お姉様のくせに、あの陛下に見そめられるなんて信じられないわ」
カトリーヌもそっくり同じ表情で私を睨んだ。
父に至っては、私を責めるような口調だ。
「ジュリア、よく思い出せ。本当に陛下とお会いしたことはないのか?」
私はうんざりした気持ちを隠して答える。
「遠目で見たことくらいあるかもしれませんが、向こうが私を認識していることは考えられません」
国王陛下と私の関わりなんて、お互い王都で生活していることくらいしか思い浮かばない。その他大勢のひとりとしてかなり広い範囲の同じ空間にいたことはあるかもしれないが、まったく覚えていない。顔も思い浮かばない。
父が腕を組んで、お義母様に言った。
「とにかく明日宮殿に行くしかないな。ミレーヌ、ジュリアに恥ずかしくない格好をさせておけ」
「承知しました」
お義母様は悔しそうに頷く。
頷けないのはカトリーヌだ。
「私は認めないわ! お姉様がなにか裏から手を回したに決まっているのよ!」
「そんな大きな権力を使える知り合いが私にいると思いますか?」
私はうっかり冷静に反論してしまう。
「ぐっ……生意気ね! お姉様のくせにっ」
よほど悔しかったのか、カトリーヌは父もお義母様もいる前で私に手を上げようとした。反射的に目を閉じたが、その手は私に届かなかった。
「カトリーヌ、その辺にしておきなさい」
なんと、父がカトリーヌの手を掴んで止めていたのだ。
カトリーヌも、私も、ミレーヌお義母様も、虚を衝(つ)かれたかのように父を見つめる。
カトリーヌを解放した父は厳かに言った。
「なにかの間違いの可能性はあるが、今の時点ではジュリアは国王陛下の再婚相手の有力候補だ。怪我でもしたらどうするんだ」
「え? お父様?」
「旦那様……?」
カトリーヌとミレーヌお義母様が呆然と呟いた。だけど、驚いていたのは私も同じだ。
「それではジュリア、明日」
なぜか父はキリッとした口調でそう言って大広間を出ていったが、私の心はまったく動かなかった。
――国王陛下の再婚相手に選ばれただけで、お父様は態度を変えるのね。
嬉しさよりも虚しさが勝った。
だが、そのおかげで頭を切り替えることができたのも事実だ。
――とにかく明日、宮殿で詳しい話を聞いてみましょう。
なにが起こっているのか、そこでわかるはずだ。
私はまだ棒立ちになっているカトリーヌと、ミレーヌお義母様に頭を下げた。
「そういう事情なので、明日のドレスを貸していただけますか?」
「……仕方ないわね」
先に答えたのはミレーヌお義母様だ。
「お義母様?」
カトリーヌは裏切られたような顔でお義母様を見ていたが、やがてぷいっと出ていった。
「待ちなさい」
お義母様もカトリーヌを追いかけて出ていく。
ひとり残された私は、やっぱりこうなるのか、と妙な落ち着きを感じた。明日は疲れる日になりそうだ。
幸い、その夜は予知夢も悪夢も見ずに眠ることができた。
――現実の方が夢みたいだったからかもしれない。
「そうでしょう。間違いではございません。国王陛下は、再婚相手に、ジュリア様を、ご指名です」
ひと言ひと言、はっきりとマルスラン様は発音して繰り返す。そうでないとこの家の者を説得できないと思ったのかもしれない。
カトリーヌの唇が力なく動いた。
「私が黒髪に負けるなんて……」
勝負したつもりはないのだが、勝った気もしない。
「あの、ひとつ質問していいですか?」
私はマルスラン様に思い切って声をかけた。
「どうぞ、ジュリア様」
「たとえば再婚相手と書いて植物園と読む慣例はありませんか?」「なに言っているのよ、この子は」
ミレーヌお義母様がぎょっとしたように口を挟んだが、マルスラン様は動じず答える。
「読みません。再婚相手は再婚相手です」
――やっぱり。
私は諦めと驚きをなんとか同時に受け入れようとした。
「そうなんですか……では、間違いではないんですね。本当に私が国王陛下の再婚相手に?」
その問いかけを受諾と思ったのか、マルスラン様は私に向かってさっと跪(ひざまず)く。
「はい。おめでとうございます」
「えっと……ありがとうございます」
マルスラン様は顔を上げて、私と父の両方に話しかけた。
「それでは早速ではありますが、明日の朝一番にジュリア様とロンサール伯爵当主のおふたりで宮殿にお越しください。詳細はこちらに」
私たちの戸惑いをよそに、てきぱきと必要事項が告げられた。
「本当に、心当たりがないのね?」
「ありません」
マルスラン様が去った後の大広間で、私はお義母様たちに口々に質問された。
しかし、私にしてもなにも答えられることはない。
「本当にわからないんです。陛下はどなたかと勘違いしているのではないでしょうか」
あれほどマルスラン様が念を押してくれたにもかかわらず、そう言ってしまう。
だけど、それは他の皆も同じだった。
「どう考えても勘違いとしか思えないわ」
ミレーヌお義母様がイライラしたように呟く。
「まったくよ。お姉様のくせに、あの陛下に見そめられるなんて信じられないわ」
カトリーヌもそっくり同じ表情で私を睨んだ。
父に至っては、私を責めるような口調だ。
「ジュリア、よく思い出せ。本当に陛下とお会いしたことはないのか?」
私はうんざりした気持ちを隠して答える。
「遠目で見たことくらいあるかもしれませんが、向こうが私を認識していることは考えられません」
国王陛下と私の関わりなんて、お互い王都で生活していることくらいしか思い浮かばない。その他大勢のひとりとしてかなり広い範囲の同じ空間にいたことはあるかもしれないが、まったく覚えていない。顔も思い浮かばない。
父が腕を組んで、お義母様に言った。
「とにかく明日宮殿に行くしかないな。ミレーヌ、ジュリアに恥ずかしくない格好をさせておけ」
「承知しました」
お義母様は悔しそうに頷く。
頷けないのはカトリーヌだ。
「私は認めないわ! お姉様がなにか裏から手を回したに決まっているのよ!」
「そんな大きな権力を使える知り合いが私にいると思いますか?」
私はうっかり冷静に反論してしまう。
「ぐっ……生意気ね! お姉様のくせにっ」
よほど悔しかったのか、カトリーヌは父もお義母様もいる前で私に手を上げようとした。反射的に目を閉じたが、その手は私に届かなかった。
「カトリーヌ、その辺にしておきなさい」
なんと、父がカトリーヌの手を掴んで止めていたのだ。
カトリーヌも、私も、ミレーヌお義母様も、虚を衝(つ)かれたかのように父を見つめる。
カトリーヌを解放した父は厳かに言った。
「なにかの間違いの可能性はあるが、今の時点ではジュリアは国王陛下の再婚相手の有力候補だ。怪我でもしたらどうするんだ」
「え? お父様?」
「旦那様……?」
カトリーヌとミレーヌお義母様が呆然と呟いた。だけど、驚いていたのは私も同じだ。
「それではジュリア、明日」
なぜか父はキリッとした口調でそう言って大広間を出ていったが、私の心はまったく動かなかった。
――国王陛下の再婚相手に選ばれただけで、お父様は態度を変えるのね。
嬉しさよりも虚しさが勝った。
だが、そのおかげで頭を切り替えることができたのも事実だ。
――とにかく明日、宮殿で詳しい話を聞いてみましょう。
なにが起こっているのか、そこでわかるはずだ。
私はまだ棒立ちになっているカトリーヌと、ミレーヌお義母様に頭を下げた。
「そういう事情なので、明日のドレスを貸していただけますか?」
「……仕方ないわね」
先に答えたのはミレーヌお義母様だ。
「お義母様?」
カトリーヌは裏切られたような顔でお義母様を見ていたが、やがてぷいっと出ていった。
「待ちなさい」
お義母様もカトリーヌを追いかけて出ていく。
ひとり残された私は、やっぱりこうなるのか、と妙な落ち着きを感じた。明日は疲れる日になりそうだ。
幸い、その夜は予知夢も悪夢も見ずに眠ることができた。
――現実の方が夢みたいだったからかもしれない。