ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

序 『ポラリス、見つけた』

港の街を過ぎるとハイウエイは唐突に途切れ、辺り一面蒼茫たる野辺に変わった。

背丈ほども伸びた夏草の上に、絹を滑らすように小風が駆け抜けて、青い濃淡のうねりを幾重にも広げて行く。
所々舗装が禿げた田舎道の脇に、キラキラと澄んだ陽光を爆ぜて小川が流れ、深山茜たちが光と戯れ遊んでいた。

草原に点在する押しひしがれた塊は、集落の形骸か。
遠く目をやれば、連なる小山を無惨に削り取り、台地に成形してしまった跡が見える。

いずれここも、赤茶色の土塊に掘り起こされるのだ。すでに戦勝記念のオベリスクのように、橋桁が幾本も聳え建っていた。

雲一つない蒼天を高く声を響かせながら、鳶が悠々と滑翔して行く先には、空と海との間になだらかに横たわる、岬の豊かな森。

そこは昔日のまま置いてけぼりになった原生林の世界。樹々の梢がモザイクのように夏空を切り取り、眩い光のシャワーをどこまでも降らせている。

アゲハチョウが青緑色の羽を輝かせ、木洩れ日に咲いたレンゲショウマへ舞い降りた。

──そのとき、真っ赤なスーパースポーツカーが、路傍の草を一瞬になぎ倒し、木立をかき揺らし、駆け抜けて行った。

見張り役のオオルリが梢を蹴り、道端の茂みで耳を欹てていた野ウサギが木立へ跳び逃げた。獲物を逃がしたオオタカは未練に上空を旋回している。

無粋な侵入者の行手は、延々と続く緑のトンネル。
光と闇が不規則に入れ替わる幻惑の世界に、彼らが夢魔に襲われそうになったとき、それは豁然と、目もくらむ光とともに現れた。

紺碧の海をバックに花と緑のなか佇む、白亜のホテル──。

──ポラリス、見つけた。
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