ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「ねぇ、何であそこにバードバスがあるか、知ってる?」

ストロベリーブロンドのポニーテールの髪にハイビスカスを飾ったカオルは、オープンエアーのテラス席で、頬杖をついた顔を傍らのモクレンに向けている。
ちょうど黄緑色の小鳥が、警戒心もなくバードバスのパン屑か何かを啄んでいた。

「モクレンの蕾は鳥の大好物なんだって。蕾を守るために、フロントの菜々緒ちゃんがエサやりを始めたのがきっかけで、バードバスを作ったそうよ。今ではリスや狸も来るって、多恵が言ってたわ」

多恵と言う二文字にも反応を示さず、玲丞はただどんよりとした目で海を見つめている。
カオルは腕組みしてふんぞり返ると、組んだ足の爪先で彼の臑を蹴った。

「なぁに? もう挫折しちゃったの?」

空の薄青、海の蒼紺、芝生の薄緑、木々の深緑。世界は繊細な濃淡と眩いばかりの太陽の光に溢れている。
それなのに玲丞は、明け方近くホテルへ戻ってきてからというもの、塞ぎの虫に取り憑かれたかのように一言も口をきかない。

カオルは唇を尖らせて、トロピカルジュースのストローを咥えると、玲丞の顔を覗き込んだ。

「もういっそのこと押し倒しちゃえばいいのに」

玲丞の瞳に冷たい光が走って、カオルは「おお、怖ッ!」と肩を竦めた。
彼がこんな目をするときは、かなり逼迫している。

「玲が言えないのなら、あたしが言ってあげようか?」

「よけいなことはしなくていいよ」

「でもさぁ、あたしとの関係をいつまでも隠し通せるものじゃないでしょう? 多恵って、ほんっとに強情で意地っ張りな女。あのくらい逞しければ、ちゃんと現実を受け入れられるわよ──」

カタンと物音がして、ふたりはギョッとフェルカドを振り返った。

「多恵」

立ち上がり口を開きかけた玲丞を無視して、多恵はしかつめらしく会釈すると、視線を下げたまま平たい口調で告げた。

「お寛ぎのところを誠に申し訳ございません。藤崎様、お客様がお見えです」

「客? 誰?」

「奥様です」

意表を突かれたように顔を見合わせる玲丞とカオルに、多恵は冷たい軽蔑の目を向けた。

「違う──」

「ご宿泊の有無はお答えしておりませんが、ロビーでお待ちになっていらっしゃいますので」

多恵はいつもより丁寧に一礼し、知ったことかとくるりと背を向ける。

テーブルに蹴躓きながら多恵を追いかける玲丞に、カオルは気の毒そうに呟いた。

「あ~あ、だから言わんこっちゃない」
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