ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
黒川六郎の父親は満州からの引き揚げ者で、その昔、一家は窮乏を極めていたらしい。素封家で篤志家だった多恵の母方の曽祖父の援助もあり、何とか魚の行商で糊口を凌いでいたという。

黒川は十一人兄弟の六番目、口減らしの意味もあったのだろう、祖父・幸村宗一郎の口利きで、工務店の住み込み奉公をしながら中学校を卒業したという苦労人だ。

野望家で人心掌握術に長けた青年は、まんまと主人と娘を籠絡し、弱冠二十五歳で不動産会社を興すと、次々に有名飲食店、老舗旅館やホテル、名門ゴルフ場を傘下に治め、またたく間に地元の観光・レジャー産業を牛耳る存在となった。
街の一等地に自社ビルを構え、今や黒川興産は県下随一の企業だ。

彼のなかには、〝幸村のお姫様〞に対する偏執狂的なコンプレックスがある。
赤貧洗うが如しの青年期、幸村の一人娘を手に入れることを真剣に目論んだこともあるらしい。

多恵の母が亡くなってからは、その対象が多恵へと移った。それが目つきに現れる。
多恵が、黒川をどうしても悪人に仕立てなければ気が済まないほど蛇蝎の如く嫌うのは、そのためだ。

虫酸が走る男だけれど、今はどうしても彼の力が必要だった。
< 12 / 154 >

この作品をシェア

pagetop