ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「やめてください……」

ここまできてみっともない。生娘でもあるまいし、ギブアンドテイクと覚悟して来たはずだ。
頭ではわかっているのに、体が拒絶している。
第一、こんな明るい畳の上で、いきなりとは野蛮すぎる。

ヤニ臭い唇が押し当てられて、多恵は我慢ならないと男の顔を両手で押しのけた。

「やめましょうか?」

黒川は意地悪く薄嗤った。

そうだ、誘惑したのは多恵の方だ。たかが肉体一つ。こんな体でも何人かの従業員と家族を救えるのだから、女に生まれてきて良かったと感謝しなければならない。屋外であろうが人前であろうが、こちらが贅沢を言える立場ではないのだ。

多恵は抵抗をやめ、覚悟を決めて目を瞑った。

ふと多恵を畳に貼り付けていた重しがとれた。
頭の上で襖が開く音がした。

怪訝に襖の奥の薄闇に目を向けて、多恵は顔を覆いそうになった。
枕元の行燈に浮き出された布団には、淫靡に枕が二つ並べられていた。

「さあ」

促され、多恵は幽鬼のように立ち上がった。
とたんに獣の力に引っ張られ、多恵は寝具の上に転がり倒れた。

「あっ」と虚しく零れた唇を、待ちかまえていた唇が吸う。噛みしめた歯を蛙のような舌に押し割られ、思わず吐きそうになって、多恵は首を左右にした。

そうした攻防の間にも、蛸のような手が八つ口から侵入し、胸を鷲掴みにする。
蛸は、ひとしきり乳房を陵辱すると、着物の裾を捲り上げ、すぐに内股を這い上がってきた。

絶望に断崖絶壁から飛び込む覚悟を決めたとき、多恵の脳裏に玲丞の哀しげな顔が浮かんだ。

〈多恵、僕と東京へ帰ろう〉

次の瞬間、多恵は思いもよらぬ力で、男をはね除けていた。

「何をする!」

尻餅をついた黒川は、こめかみに青筋を立てて怒鳴った。
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