ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
多恵自身、自分の行動が理解できない。無我夢中の本能が勝手に踵と肘とを動かして、ずるずると明るい座敷へ向かって後退してゆく。
「母娘揃って、同じ目をしやがって!」
黒川は先刻までとは人が変わったかのように、余裕をなくし目を血走らせた。
少年時代の屈辱的な記憶が、若者の凶暴さをも甦らせたのか、七十男の嗜みも恥も忘れ多恵に躍りかかってきた。
反動で多恵は座卓の縁にしこたま頭を打った。銚子が倒れ、酒の匂いが部屋に充満した。
「やめて!」
朦朧とするなかで多恵は叫び足掻いた。
馬乗りになられグローブのような手で口を塞がれ息ができない。
徐々に体の力が吸い取られていく。
薄れてゆく意識の隅で、コツンコツンと乾いた音が谺した。朝靄の森に響くアカゲラのドラミングだ。またあの年老いたスジダイを叩いている。
そのとき、入口の襖がパンと音を立てた。
「何だお前は! 部屋を間違えているぞ──」
夢なのかもしれない。
次の瞬間、黒川の体が宙に浮き床へ転げたのを、多恵は見たような気がした。
「母娘揃って、同じ目をしやがって!」
黒川は先刻までとは人が変わったかのように、余裕をなくし目を血走らせた。
少年時代の屈辱的な記憶が、若者の凶暴さをも甦らせたのか、七十男の嗜みも恥も忘れ多恵に躍りかかってきた。
反動で多恵は座卓の縁にしこたま頭を打った。銚子が倒れ、酒の匂いが部屋に充満した。
「やめて!」
朦朧とするなかで多恵は叫び足掻いた。
馬乗りになられグローブのような手で口を塞がれ息ができない。
徐々に体の力が吸い取られていく。
薄れてゆく意識の隅で、コツンコツンと乾いた音が谺した。朝靄の森に響くアカゲラのドラミングだ。またあの年老いたスジダイを叩いている。
そのとき、入口の襖がパンと音を立てた。
「何だお前は! 部屋を間違えているぞ──」
夢なのかもしれない。
次の瞬間、黒川の体が宙に浮き床へ転げたのを、多恵は見たような気がした。