ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
6、ポラリス
1 『偶然じゃないわ。他に目的があって、来たのよ』
色を変えた銀杏並木に、初冬のゆるい陽差しが降っている。
坂道の途中で地図を手に首を捻った多恵は、枯葉をお供にすれ違って行く木枯らしに、コートの襟を立て廻れ右をした。
民家の屋根の奥に海が広がっている。閑静な住宅地、平日の昼下がり、尋ねるにも通行人の姿はない。
ふと見ると、ハーブに飾られたアプローチ階段をそわそわと行きつ戻りつしている男がいる。
「理玖?」
「ユキさん!」
多恵は目を瞠った。
バンダナキャップを被った顔は陽に焼けて精悍になり、ビストロエプロンを着けた体は筋肉がついて一回り大きくなっている。
「何で反対から来るんです?」
呆れたと、多恵は指先で抓んだ紙をひらひら振った。
「画伯の暗号が解読できなくてね」
まるで子どもの宝探しのような地図に嫌な予感はしていたけれど、冗談だと笑って受け流されたところ、本人には満点の出来だったらしい。
「司さんが心配して落ち着かなくて。ユキさん、前しか見えないから迷子になってるんじゃないかって。とにかくなかへ」
相変わらず失礼な司は、一年前に元麻布のバーを引き払い、実家のある横須賀近郊にカフェレストランをオープンさせた。
オーガニック食材を使ったランチメニューが好評で、なかなか繁盛しているらしい。
店内は、無垢材とレンガを使ったプロヴァンス農家風の造りで、緩やかにパリ・ミュゼットが流れている。
雑貨をペパーミントグリーンとラベンダーブルーで統一しているのは、レルブ(フランス語でハーブ)という店名からだろう。
坂道の途中で地図を手に首を捻った多恵は、枯葉をお供にすれ違って行く木枯らしに、コートの襟を立て廻れ右をした。
民家の屋根の奥に海が広がっている。閑静な住宅地、平日の昼下がり、尋ねるにも通行人の姿はない。
ふと見ると、ハーブに飾られたアプローチ階段をそわそわと行きつ戻りつしている男がいる。
「理玖?」
「ユキさん!」
多恵は目を瞠った。
バンダナキャップを被った顔は陽に焼けて精悍になり、ビストロエプロンを着けた体は筋肉がついて一回り大きくなっている。
「何で反対から来るんです?」
呆れたと、多恵は指先で抓んだ紙をひらひら振った。
「画伯の暗号が解読できなくてね」
まるで子どもの宝探しのような地図に嫌な予感はしていたけれど、冗談だと笑って受け流されたところ、本人には満点の出来だったらしい。
「司さんが心配して落ち着かなくて。ユキさん、前しか見えないから迷子になってるんじゃないかって。とにかくなかへ」
相変わらず失礼な司は、一年前に元麻布のバーを引き払い、実家のある横須賀近郊にカフェレストランをオープンさせた。
オーガニック食材を使ったランチメニューが好評で、なかなか繁盛しているらしい。
店内は、無垢材とレンガを使ったプロヴァンス農家風の造りで、緩やかにパリ・ミュゼットが流れている。
雑貨をペパーミントグリーンとラベンダーブルーで統一しているのは、レルブ(フランス語でハーブ)という店名からだろう。