ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
カウンター席から首だけをこちらに向けて、理玖と揃いのバンダナを被った司がニヤリと笑った。多恵もニヤリと笑い返した。
駆け寄り抱きしめたいくせに、大人ぶって平静を装うのはお互い様だ。

「久しぶり」

「うん、元気そうね。──瑠衣ちゃん?」

司の膝にテントウムシのように座る子どもに多恵は訊ねた。

喋るにはまだ早い愛娘のために、司は小さな手を取って振る。
司に似て別嬪で、ニコニコと愛嬌があるのは理玖に似たのだろう。

「まあ、座って。久方ぶりの街で疲れたでしょう?」

「なかなか良い店ね。それに理玖、調理師免許取得、おめでとう」

司の妊娠を機に一念発起して医大を卒業した理玖は、医者にはならずコックになった。

「メスが包丁に変わっただけ」とあっけらかんと宣う彼に、田舎のご両親はさぞや嘆いていることだろうと心配したけど、病院の跡取りには長女夫婦がいるし、出来の悪い息子を殺人犯にしなくてよかったと、物わかりのよい両親は笑っていたそうだ。

幼い頃から忙しい母親に代わり姉たちに食事をふるまっていたというから、ザナデューで賄い作りをしていたのも、たんに司の気を引くためではなかったのだ。

「変われば変わるもんよね。結婚式であれだけ号泣してたから、本当に大丈夫かぁって心配してたのに」

司と理玖はポラリスでのウエディング第一号だ。
新婦入場から感極まって、花嫁に洟を拭いてもらっていた新郎の姿が今も目に浮かぶ。

「あんたは相変わらずね、ユキ」

「その憎まれ口も相変わらずね、司」

「あら、まあ、こわいでちゅねぇ?」

わけもわからず瑠衣がきゃっきゃっと声を上げた。

子どもはかわいい。人間でも動物でも、見ているだけでどんな気難し屋の頬も緩ませてしまう。
きっと生まれたときはみな、誰からも無条件に愛されるように、神様がギフトしてくださるのだろう。
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