ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「ペテン師」

多恵は呪うように言った。
言葉もなく項垂れる襟元に、弁護士バッジが小面憎く輝いていた。

「誤解だよ、多恵」

「多恵ですって?」

ロン毛の援護射撃は、多恵に新たな怒りをもたらしただけだった。
この軽佻な男に旗を巻かなければならなかったのが悔やまれる。多恵は爪が食い込むほど拳を握りしめた。

「彼があなたに逢いに行ったことと、今回の件とは無関係です」

多恵は頬に軽蔑の笑みを翻して背を向けた。詭弁など聞きたくもない。

「待てって!」

ドアノブに手をかけた多恵の肩から、鬱陶しさと怒気が立ち上った。

多恵は背を向けたまま、

「まだ何かご用ですか? 藤崎社長。それとも、カオルさんとお呼びした方がよろしいかしら?」

「だからぁそれは謝るよぉ」

こんな場面で甘え声を出せるなんて、KYな奴。
天然ゆえ、相手の気持ちをさらにささくれ立たせていると認識していないからたちが悪い。

しかしよくも化けたものだ。

妨害行為の抗議に乗り込んだ席で面と向かっても、親しげに笑いかける相手に気味悪さを感じただけ。
〈藤崎倫太郎〉と記された名刺を差し出され、聞き覚えのあるアルトを耳にして、ようやく仕掛けに気づいて唖然とした。

スーツ姿でも色白の優男だけれど、化粧の巧さやおネエ言葉の無理のなさを考え合わせると、実際、女装趣味はあるのだろう。
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